| ホーム > 日記ダイジェスト > いま、あなたが考えているあなたの姿がすべてではないよ | 検索 | 更新情報 |
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頭が何だか煮詰まっているので、ふらふらと出かける。 ふと、大学に行ってみようと思う。 もう十何年も前なのに、大学は何も変わっていない。 雨の中、構内をとぼとぼと歩く。 生協に入る。 足はコンピュータ書籍のコーナーを覚えていて、まっすぐそこに向かう。 つい、自分の本を探す。 棚には二冊しかなくてちょっとがっかり。 でも下を見ると『Java言語プログラミングレッスン』が平積みになっていて、 何だかうれしくなる。げんきんなものだ。 十数年前の自分のような若い人が立ち読みをしている。 自分が本を物色していたコーナーに、自分が書いた本が置いてある。 変な感じ。 大学時代もいろいろあった(ため息)。 あのころは、自分が本を書くなんて一度も考えたことがない。 本を通して、少しは若い人の役にたっているのかなと思うと、素直にうれしい。 立ち読みしている「若い人」へ、 「いま、あなたが考えているあなたの姿がすべてではないよ。 これからもっといろんな自分に出会い、 いま想像もしないような活動をしていくよ」 というエールを送りたくなる。 疲れてるのかな。
大学生の頃は、自分は何をしていたのかなあ。 いま直接的に役に立つ勉強はしていなかったなあ。 結局、いまでも身についていることというのは、 大学で「教えてもらった」ことではなく、 「自分からやった」ことだけだなあ、と思う。 机にかじりついてたくさんたくさん文章を書いたこととか、 コンピュータルームに泊まり込んで端末のキーを叩いたこととか (泊まり込むのはご法度だったから、 夜中にチキンラーメンを持って大学に忍び込んだ。 セキュリティチェックが甘い時代であった<おい)、 同じ学科の仲間と「美しいプログラム」を競ったこととか。 規格にはまった「お勉強」よりも、自分の興味からやろうと思ったことの方が、 はるかにいまの自己の形成に役立っているように思う。 いや、しかし大学の勉強は無駄ではなかった。 それは、むしろ、自分が「体験的に」得たことを整理する場であったかもしれない。 ははあ、 この間コンピュータルームでラーメンをすすりながら悩んだ問題は、 そういうことであったのか。 ふむふむ、そのアルゴリズムにはちゃんと名前がついていたのね。 …授業の中ではそういう思いをいだくことが多かった。
郷愁という感覚。 しかし、それにひたってばかりもいられまい。
さて、次の一歩。
(2000年9月5日の日記から)