わたしはあなたを愛している

結城浩

(以下は、 「自分に過敏になってつらいときの対処方法」に対するメールへの返事です)

私も達観しているわけではなくて、 日々もがいて、あんな日記も書いているわけですが…

勝手なことを書けば、 やはり受け取っている愛の不足のように思います。 落ち込むのは。

客観的なところはさておき、 感情的にゆすぶられるのは、どうしても自分で自分を攻撃してしまう からですよね。あるいはいわれのない思いが自分を攻撃するのを 許可してしまう、というか。

私は(べつにキリスト教に勧誘しているわけではないですが)、 やはり、自分の行いとは無関係に受け入れられる、という経験が 重要なように思うのです。 自分の行いがどうであれ、どんなことをしてもしなくても、 自分は受け入れられている、自分はOKである、 という理屈抜きの体験が重要なように思うのです。

自分の行いがどれほどひどくても、私自身はまるごと受け入れられている。 自分の行いがどれほどよくても、私自身への愛が増えるわけではない。 もともと、私自身への愛は十分だから。

(そして、私にとっては、神様からの愛、そして家内からの愛がそれに相当するのですが)

それを体験して、そして自分でも自分自身に対して 「わたしはOKである」と言い聞かせつづける練習が必要なのかも。

あなたにもしも子どもがいて、 いろんなことがうまくできずに泣いているとします。 するとあなたは「こんなこともできずに泣きやがって」と ばしばし叩きますか? そうはしない(したくない)ですよね。 たとえ、いろんなことができなくても、 そのこととはべつに、 「わたしはあなたを愛しているよ」と 言ってあげますよね(あるいは言ってあげたいですよね)。

自分自身に対して(自分自身の中でおびえている子どもに対して)、 それと同じように言ってあげましょう。

「わたしはあなたを愛している」

と。 そして、これはそのまま聖書の言葉なのです。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。 わたしはあなたを愛している。 (イザヤ書43章4節より)

わたしも、あなたを愛しています。

(2000年1月15日の日記から)

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