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翻訳と書き下ろしの書籍原稿を書く。
構成がまずいなあと感じていたり、 全体的に沈滞ムードが漂っているときなど、 書きはじめるのはおっくうなものだ。 また、特に、仕事に取り掛かるのがいやになってくる。 そういう経験はどなたにもあると思います。
結城は以前「文章を書く心がけ」で書き始めることのつらさについて少し書いた。 そのときは「書こうとせず、読もうとしよう」と書いた。 「書こう」と思うとつらいから、 まずは「書かなくてもいいから読もうよ」と自分を「だます」のである。 でも、近頃は自分もなかなかだまされなくなってきているのである。 やれやれ。 最近気がついたのは、 (同じことなのだが) 「いやだいやだと騒いでいる自分を捨てる」という技法である。 「原稿書かなくちゃ、読まなくちゃ。いやだいやだ」と騒いでいる自分がいる。 昔はそのような自分をなだめたり、すかしたり、だましだまし仕事をはじめていた。 でも、最近はそのような自分に耳を貸さず、 自分の中の自分をポイとすてて、 さっさと機械的に仕事をはじめてしまう方がよい、 と気がついてきた。
ナルニアに向かうとき、 その多くは、自分の感情や状況に関わらず「入り込んでしまう」ことが多い。 衣装箪笥を抜けるとき(『ライオンと魔女』)も、 絵の中の海に落ちるときも(『朝びらき丸東の海へ』)、 そして鉄道の…も(『最後のたたかい』)。 それと関係があるような、ないような。
全部自分でコントロールしようとしたり、 全部自分の支配下に置こうとしたりすると、 かえって苦しくなるのかもしれない。 仕事なんて、時間が来たら、とっととはじめるのがいいのだ。 もともと好きでやっている仕事。 うまくいかなくても、実際の事柄にぶつかっているうちが花なのだ。 仕事もはじめずに、うーだのあーだのいっててもしょうがない。 自分をいくらなだめても「執筆前の最適な精神状態」になんか、 百万年たってもたどりつくわけがないのだ。
むしろ、自分の内面と折り合いをつけるのは、 一仕事終えて、ほっとしたときの方がいい。 ぽんぽんと自分の肩をたたき、自分の頭をなでてあげて、 「ほらね、何とか今日の分は進んだでしょ。ご苦労様。 神さまに感謝しようね」 と自分に語りかけるのだ。 そして、そのように自分を導いてくださった神さまに感謝し、 今日一日分の仕事を神さまに捧げる。
これも、一つの心がけかな。
(2000年6月25日の日記から)