紅茶を飲みながら仕事

結城浩

ここ一ヶ月くらいは、夜、紅茶を飲みながら仕事をしている。

暑いけれど、冷たいものを飲み過ぎないように注意する。 でも、汗が出るから喉は渇く。 そんなときには、とてもあついミルクティを入れて、ふうふうしながら飲む。 すると体力も落ちず、体も冷えず、喉の渇きはおさまる。

今朝はマクドナルドでも紅茶を頼んだ。 すると「レモンとミルクはお付けしますか」と聞かれた。 レモン? いつも、ミルクティを飲んでいるから、 レモンティというものの存在を忘れていた。

紅茶を飲みながら仕事をするようになったのは、 奥さんが「夜中、仕事をしていてお腹がすくんだったら紅茶を飲んだら?」と勧めたからだ。 そういえば、スティーブン・キングの『小説作法』にも、 紅茶を何杯も飲みながら仕事をする話が出てきたように思う。 あやかろう。

夜は頭が回らない。 ノートに手書きで書いていたメモを機械的にタイプしたり、 Visioを使って図を描いたりして過ごす。 頭は使わないけれど、時間はそれなりにかかる作業をする。 頭を使わず、手に仕事をさせる。 自分の体調に合わせて、作業を工夫する。

もっと若いときには、そんな工夫はしなかった。 とにかく突っ走る。徹夜だろうが何だろうがかまわない。 自分のおもしろさの最前線、自分の興味の最前線を勢いよく突っ走るのが好きだった。

でも、最近は少し違う…かなり違う。 たまに突っ走って仕事をするときもあるけれど、 もうちょっと「からめ手」で進む。 時間をかけて仕事の外堀を埋めたり、 一度作り上げたものを、自分の手のひらの上に乗せてしばらく眺めていたり。 朝、読んでみたり、夜、読み返してみたり。 図を描いてみたり、人に説明してみたり。

もちろんコンピュータは重要な道具だけれど、ふりまわされないように注意する。 無理にコンピュータに合わせるのではなく、 あくまで自分のスタイルにコンピュータを合わせるようにする。 時には、わざと手書きで文章を書いてみる。 時には、わざとネットにつながずに仕事をしてみる。 ディスプレイで読むだけではなく、いったんプリントアウトして文章を校正してみる。 自分の文章を作ることにやっきになるだけではなく、 本屋さんで、同じテーマの部分だけを片端から抜き出して読んでみる。 ほかの人はどう料理しているのかを学ぶためだ。

そんな風に、自分で仕事を組み立てていけるというのはとても楽しいことだ。 幸せなこと、と言ってもよい。たいへんなこともたくさんあるけれど、 とほうにくれたりすることもしょっちゅうだけれど、 たいそう幸せなことだ、と言えるだろう。

このような形で仕事を続けることがいつまで可能なのか、私にはわからない。 変化や変革を必要とするときも、またいつか来るのだろう。 でも、現在の仕事は、いま、目の前にある。 それをていねいにこなしていこう。

楽しみつつ、喜びつつ。

感謝しつつ。

(2004年7月8日の日記から)

豊かな人生のための四つの法則