翻訳練習 / 作文練習

結城浩

ダイスウェアのはじめの文章を使って翻訳練習をしてみよう。

1. A passphrase is a bunch of words and characters that you type in to your computer to let it know for sure that the person typing is you, and that you want the computer to do something special, like encode or decode a secret message. Phil Zimmermann's popular encryption program PGP, for example, requires you to make up a passphrase that you then must enter whenever you sign or decrypt messages.

まずは直訳をする。

2. パスフレーズは、あなたがコンピュータに入力して、 タイプをしているのが確かにあなたであり、 秘密のメッセージを暗号化したり復号化したりといった特別のなにかを コンピュータにさせたいと願っていることをコンピュータに伝えるための 単語と文字の一連のまとまりである。 Phil Zimmermannの有名な暗号プログラムPGPは例えば、 あなたに、署名したりメッセージを復号したりするときにいつも 入力しなければならないパスフレーズをあなたが作ることを要求する。

長い文章を前から訳す。

3. パスフレーズとは、単語や文字の列であって、 あなたがコンピュータにタイプすることで確かにあなた本人であるとコンピュータに知らせ、 特別なこと(秘密のメッセージを暗号化したり復号化したりすることなど) をコンピュータにさせるためのものである。 例えば、 Phil Zimmermannの作ったポピュラーな暗号化ソフトPGPを使うためには、 あなたは自分のパスフレーズを作る必要がある。 文章に署名したり暗号を復号したりするときには、 あなたはそのパスフレーズを入力しなくてはならない。

まだ長すぎる。

4. パスフレーズとは、あなたがコンピュータにタイプする単語や文字の列である。 パスフレーズをタイプすることで、あなたが確かに本人であることをコンピュータに伝える。 またパスフレーズをタイプして、コンピュータに特別なこと (秘密のメッセージを暗号化したり復号化したりすることなど)を行なわせる。 Phil Zimmermannの作ったポピュラーな暗号化ソフトPGPを例にあげよう。 PGPを使うには、まず自分のパスフレーズを作る必要がある。 メッセージに署名したり暗号を復号したりするときには、 あなたはそのパスフレーズを入力しなければならない。

短くしすぎちゃったので、意味を考えつつ戻す。

5. パスフレーズとは、 コンピュータにタイプする単語や文字の列である。 自分が確かに本人であることをコンピュータに伝えるとき、 また、秘密のメッセージの暗号化や復号化など、 特別なことをコンピュータに行なわせるときにパスフレーズをタイプする。 Phil Zimmermannの作ったポピュラーな暗号化ソフトPGPを例にあげよう。 PGPを使うには、まず自分のパスフレーズを作る必要がある。 メッセージに署名したり暗号を復号したりするときにはいつも、 あなたはそのパスフレーズを入力しなければならない。

ここまで書いてくると、 はじめの文がパスフレーズの「定義」なのか「説明」なのかが微妙であることがわかる。 上では説明のつもりで翻訳した。 次に、ですます調に直してみる。

6. パスフレーズとは、 コンピュータにタイプする単語や文字の列です。 自分が確かに本人であることをコンピュータに伝えるとき、 また、秘密のメッセージの暗号化や復号化など、 特別なことをコンピュータに行なわせるときにパスフレーズをタイプします。 Phil Zimmermannの作ったポピュラーな暗号化ソフトPGPを例にあげます。 PGPを使うには、まず自分のパスフレーズを作る必要があります。 メッセージに署名したり暗号を復号したりするときにはいつも、 あなたはそのパスフレーズを入力しなければなりません。

である調をですます調に直すだけでずいぶん雰囲気が変わることがわかる。 もっと思いきって文章を直してみる。

7. コンピュータを使って、 秘密の文章を暗号化や復号化したいとしましょう。 あなたは自分が本当に自分本人であることをコンピュータに伝える必要があります。 さもないと、自分の秘密のメッセージが他の人に読まれてしまうかもしれませんからね。 そんなときにコンピュータにタイプするのが「パスフレーズ」です。 パスフレーズとは、 あなたがあなたであることを示すために入力する単語や文字の列です。 例えば、Phil Zimmermannが作ったポピュラーな暗号ソフトPGPでは、 次のようにパスフレーズが使われています。 PGPを使い始めるにあたって、 ユーザはまず自分のパスフレーズを決めなくてはなりません。 そしてそれ以降、PGPを使ってメッセージに電子署名をほどこしたり、 自分あての暗号を復号したりするときには、 いつもそのパスフレーズを入力しなければならないのです。

ここまで書き換えたらすでに翻訳とは言い難いものになる。 ついでにもう少し遊んでみよう。硬めの文章にする。

8. パスフレーズとは、コンピュータに入力する単語や文字の列である。 本人の認証を行ない、 機密文書の暗号化や復号化など特殊な処理をコンピュータに指示する際にパスフレーズを入力する。 Phil Zimmermannが作成した人気の暗号ソフトPGPでは、最初に自分のパスフレーズの作成を要求される。 それ以降、文書への署名および暗号の復号に際して、そのパスフレーズの入力が必須となる。

いろいろ書き換えているうちに頭がごちゃごちゃしてきて何やってるかわからなくなる。

?. バスフレーズというのは、ソプラノの主旋律に呼応する低音部の旋律である。 本人は美声を持ちながらも主旋律を歌わせてもらえず、 せめて工夫をこらして自分なりのバスフレーズを試みるのだが、 その努力はなかなか他のパートには理解してもらえない。 Phil Harmonyが作成した人気の音楽ソフトMP3では、 最初に独自のバスフレーズが流れ出す。 美しい合唱においては、安定したバスフレーズが必須となる。

げほ、げほ。 ええと、冗談はさておき(べつにバスパートにうらみがあるわけではないです)、 結城が上の中で比較的気に入っているのは7の文章ですね。 以下のリンク「ダイスウェアホームページ」では3の文章レベルになっていると思います。

もう少し7の文章を吟味してみよう。

秘密の文章を暗号化や復号化したい

「暗号化や復号化したい」というのはひっかかりますね。 「暗号化したり復号化したりしたい」という意味ですが、 最後の「したりしたい」というのが嫌な感じ。 むしろ「暗号化・復号化したい」にした方がスマートかもしれない。

あなたは自分が本当に自分本人であることを

「本当に」と「本人」というのはしつこすぎる感じです。 またここで「あなた」と「自分」の使い分けも(便利ではありますが)少しぎこちない。 「あなたは自分が本人であることを」くらいでもよいかもしれない。

そんなときにコンピュータにタイプするのが「パスフレーズ」です。

ここではじめてキーワード「パスフレーズ」が登場するが、 これはこれでもいいだろう。 別のやり方として、文章を「あなたは、パスフレーズというものを知っていますか」とか 「パスフレーズという言葉を聞いたことがあるでしょうか」とはじめることもできる。

あなたがあなたであることを示すために入力する

「あなたがあなたであること」というのは面白いけれど、くどいとも言える。 でもさらりと読ませないためにはよいかもしれない。 少なくとも「本人の認証」という単語よりは読んでいて楽しいと私は思う。 もちろん、それはどんな文章を書いているのか、誰が読むのかを考える必要があるけれども。

自分のパスフレーズを決めなくてはなりません

requireは「必要」「要求」「必須」という単語と意味空間をともにするが、 それはうまく言い換えないとぎこちなくなる。 「PGPというソフトがあなたに何かを要求する」というのをそのまま訳すのは難しい。 もしそのまま訳すなら徹底して擬人化してしまう。例えば 「ソフトが『パスフレーズを決めてください』と言ってくる」のように。 でも、人間を主体にもってきて「…しなければなりません」のようにするのが無難。

しなければならないのです。

日本語で文末は大事。 同じ文末が連続すると退屈な文章になり、メリハリもなくなる。 でも毎回変化させていては散漫な印象になる。 7の文章の文末を観察してみよう。

こんな感じです。 文章を書いたり校正したりするって楽しいですね。

(2000年2月3日の日記から)

豊かな人生のための四つの法則