子育てのヒント

いまを生きる

結城浩

主の御名を賛美します。

ほろほろビスケットというのは、
食べるとほろほろっとくだけていく感じのもろいビスケットです。
ミルクティにとても合います。
家内は料理がとても上手です。

お手紙で子育てに関してご質問をいただきました。
結城はいま子育て真っ最中なので偉そうなことは言えないのですが、
現状のどたばたを少し書きます。

確かに、うちにはテレビは置いていません。
これは息子が生まれる前からそうです。
私も、家内も、結婚前からずっとほとんどテレビを観ない生活をしていましたし、
結婚するときもわざわざテレビを導入しようという気持ちは両方にありませんでした。

ですから、息子はテレビがないのが通常の状態と思っていると思います。
うちの息子もひとりでいい子に遊んでいるときもありますし、
家内にまとわりつくこともあります。
でも家内は(遊ぶときにはずいぶん遊びますが)家事で忙しいときは遊ばないので、
息子の方では「そういうものだ」と思ってひとりで本を読んだり折り紙をしたりしています。
最近は自分でいろいろ考えて創作オブジェを作っています。
家内が体調が悪くて寝ている時などは息子はひとりでずっと遊んでいます。
(ちらかりますけれど、静かにしています)。

息子はいま4歳で何でも親と同じことをしたがるので、
うまいチャンスをとらえてお手伝いをさせています。
家内はそれがとてもうまく、
・ケーキの卵を割る
・牛乳や卵を冷蔵庫から取り出す
・新聞を取ってくる
・お風呂のお湯がたまったかをチェックする、たまっていたら止める
・コードレスホンの受話器をとりにいく、充電器に戻す
・お米をカップで量って内がまに入れる
・炊飯器や食器洗い機のスイッチを入れる
・洗いあがった食器を cupboard に戻す
などは息子にまかせています。

次に、子どもの叱り方についてですが、これはとても難しいです。
ちらかして片づけないとき(子どもって本当に片づけませんよね!)、
私たちもつい「汽車いらないなら捨てちゃうよ」と言います。
ときには本当にごみ箱に捨てます。あるいは「明日のおやつ抜き」になったりします。
「子どもは叩かない」というのが私たちの方針ですが、
あまりにも疲れているときなど、感情的に叩いてしまうこともあります。
そのときには、あとで謝ります。
聖書では「子どもをおこらせてはいけません」とエペソ6章にありますが、
しょっちゅうおこらせてしまいます。

反抗心を見せたり、わざと親を困らせたりすることはしょっちゅうありますが、
できるだけ落ち着いた口調で「これこれはしてはいけない」
「あなたがそんな顔をしていたら私たちはとても悲しい」
という旨を伝えます。

これは私が個人的に感じているのですが、
「返事」というのは大事な要素だと思います。
息子が不機嫌なとき、名前を呼んでもすぐに返事が返ってこないからです。
返事を返さないのは「あなたの言うことは聞きたくない」という意思表示なのでしょう。
でもそれと同時に息子の中では「言うことを聞いた方がいいのだろうな」という
思いもあるのだと思います。
そういうときには私の方から「はい」と返事をしてやることもあります。
そうすると、それに導かれるように「はい」と息子も返事をします。
返事ができれば、意外にすっとこちらの言うことを聞いてくれるように感じます。

例えば、

 私「お味噌汁、飲んでね」
息子「…(無言で向こうを向き返事をしない)」
 私「はーい」
息子「はーい(とこちらを向き、ゆっくり飲みはじめる)」

という具合です。

でも、このような子どもとのやりとりもマニュアル化してはだめなのだろうな、と思っています。
子どもとの付き合いは、普通の人間関係と同じで、パターン化しがちです。
ダンスを踊りながら少しづつステップを変えていくように、
付き合いかたもその都度変化させていくのがよいのかな、
と思っています。
何にせよ、親の忍耐はまことに試されますね(^_^;
ガラテア書の御霊の実の中に「忍耐」が入っているのもよくわかります。

子育ては大変ですが、神さまから授かった子どもですので、
すべて必要なものは神さまが備えて下さることを信じています。
また子育てを通して、親である私たちも主に練られることも感謝です。
それに加えて、子どもを見るにつけ、
「親というのは本当にありがたいものだ」とか、
「神さまも私たちをこのように見ているのだろうな」とか
いろいろと思うこともあって感謝です。

ご家族のみなさまの上に神さまからの祝福が豊かにありますように。
子育てのための油注ぎが豊かにありますように祈っています。

それでは、また。

豊かな人生のための四つの法則