To: You From: Hiroshi Yuki Date: Tue Jul 03 03:40:00 2001 Subject: [Letter] 結城です。 子どもに絵本を読んでいたら眠り込んでしまって、 目が覚めたのが午前1時。それから少し仕事をしたけれど、 何だかややこしい時間に起きてしまったのがたたって、 眠り込めずにいまは午前3時。 あ、そうだ。 眠気がやってくるまで、あなたにメールを書こう、 と思って、いまエディタに向かっているところです。 でも、あなたがこれを読むのはきっと朝ですね。ふうむ。 いつのまにか7月になっていました。 6月は新刊『Java言語で学ぶデザインパターン入門』の出版月で、 大忙しでした。もちろん出版準備は出版社のお仕事なので、 私の手はかからないのですが、ダウンロードのファイルを準備したり、 新たにメーリングリストを立ち上げたり、それに関連して たくさんのWebページを準備したり…。 何しろスタッフは私一人なので、忙しいことこの上なし。 一人で仕事をしているとつらい部分もありますが、 全部自己責任で意思決定ができるといういい面もあります。 根回しや合議などはいらない。自分が考え、自分で判断し、 自分で実行し、自分で責任を負う。That's all. 少なくとも書籍の執筆と出版に関しては、そういう意識でいます。 だから、一番たのしい。 私の家内からはよく「あなたは本に関してはよく頭が回るわねえ」と あきれられる。本の執筆以外については、本当に頭が回らず、 経済観念もなく(というのは浪費するという意味ではなく、 もうけを考えていない、という意味)、実務能力も常識もないのだけれど、 書籍の執筆と言葉を使うことに関しては、異常に頭が回る。 というのが家内の意見である。 家内の話を少しすると、家内は非常に賢い女性でして、 彼女の考えや行動を見ていると、私は 「ああ、私はなんてものを考えない人間なのだろう」 と唖然とするほどなのです。家内は非常に賢くて、 しかもそれが健全な愛に裏打ちされている。 少々完璧主義的な傾向はあるものの、 基本的に健康で、まっすぐな印象がある。 でも、そういう彼女の目から見ても、 私は書籍を執筆することに関してはよく頭が回るのだそうな。 …ええと、何の話だっけ。 本を書くのはとても楽しい。 文章を書くのは、プログラムを書くのはとても楽しい。 車の運転と似ているかな。 ルールに従ってはいるものの、自分の判断でハンドルを切り、 ブレーキングを行って…という具体的で細かな制御をしつつも、 大きな流れ「あそこに行こう」という意志を持ちつつ進む。 書籍の執筆はそういう感じがします。 知恵はどこから来るか。 キリストを信じる前は、知恵というのは自分の頭の中からくると思っていた。 愚かなことだ、と思う。 本物の知恵というのは「上から」来るのだ。 エポデを上から着るように、権威は上から来るのである。 自分の中から出てくるもの、わきあがるものを大事にすることも必要だけれど、 きちんと「吟味」をする必要がある。 聖書の観点から、愛の観点から、神の観点から、 それが真理に裏打ちされているか、 それが善き考えを伝えているか、 それが美しさに満ちているか… そういう観点から(たとえ単なるプログラミングの本であっても)吟味する必要がある、 と思っている。 祈り、祈りつつ、自分のすべてを本当の神さまに捧げ、 自分を信じるのではなく、神さまを信じるとき、 驚くばかりの恵みのうちを歩むことになる。 具体的に話そう。 自分の力で何かを書こうとすると、つい、 「自分はこんなことも知っているんだぜ、おれのことを馬鹿にするなよな」 という傲慢不遜な文章になってしまう。あるいはまた、 「ワタシの能力はこんなものなんだから、こういう小さな場所がフサワシインダ」 と、小さく小さくまとめてしまう。 でも、本当は、もっと自由になれるのだ。 上からの観点、上からの視点を得、 自分ではなく、神さまの御こころにかなうように、という心構えで文章を書くと、 よい意味で客観的になる。 当たり前のことも(自分が馬鹿にされるのでは、という恐れなしに)書くことができる。 自分中心で書くのではなく、読者中心に書くことができる (相手のことを考える――これは愛の姿の1つだ)。 また、自分の最初の予想を越えるような広がりになりそうなときでも、 恐れずに流れに乗ることができる。だって、自分の力ではなく、 神さまがなさることなのだから。 限界はないのだ。 「自分の力を信じる」というちっぽけな視点では、 自分の予想以上の事態になったときにあたふたしてしまう。 常日頃から「はい、神さまがそうなさろうというのなら、従います」という 訓練ができていると、どんな事態になっても恐れない、あわてない。 だから、いつも(自分ではなく)イエスさまを信じよう、と思う。 私の人生が、私の書く本が、これからどんな方向に向かうのか、 私にはわからない。でも、神さまはご存知だ。 神さまは私を愛してくださり、私を正しい道へと導いてくださる。 そのことをいつも信じて歩んでいこうと思う。 本が書ける、書けない、売れる、売れない、は二次的なことだ。 大事なことは、どんな状況であっても ――病めるときも健やかなるときも―― 神さまを信じ、神さまの愛を受け、そして神さまを愛することなのだ。 神さまから、自分に与えられたこの短いひとときを、 大事に、しかも、大胆に生きることなのだ。 イエスさまにいつも栄光がありますように。 毎度のことながら、私の話を聞いてくださってありがとう。 そろそろ眠ります。おやすみなさい。 あなたは、いま、たぶん眠っていますね。 あなたの眠りが主に守られますように。 あなたの毎日が愛に満ち、神さまの祝福に満ちたものになりますように。 今日も、また。 イエスさまのお名前で祈ります。 アーメン。 ================================================ 結城浩 [Letter] の登録ユーザにお届けしています。 登録や解除は http://www.hyuki.com/letter/ から。 ================================================