To: You From: Hiroshi Yuki Date: Sun Sep 16 23:50:00 2001 Subject: [Letter] こんばんは。結城です。いかがお過ごしですか。 あらゆるニュースソースが、あの事件のことを報じています。 インターネットでも、いろんな人がいろんなことを書いています。 今回のことを通して、さまざまなことを人は考えます。 悲しみ・怒り・嘆き・痛み・不安・あきらめ… 急に心が高揚したり、落ち込んだり、 いつもとは違う人としゃべりたくなったり、無口になったり。 私は、宗教改革者、マルチン・ルターの言葉を思い出しました。 「たとい明日が世の終わりであろうとも、わたしは今日りんごの木を植える」 無理に平常心を装う必要はないけれど、 淡々と、今日の自分に与えられた仕事をこなす。 心がゆすぶられるけれど、 あえて、心を騒がせないようにして、 今日という一日を丁寧に生きる。 遠くて近いアメリカという国の人々の痛みを思いやるとともに、 自分のすぐそばにいる人の痛みにも心を向ける。 誰しも、平和で、皆が愛し合うような社会を望むでしょうけれど、 それを実践することは、 本当に身近なところからはじまるように思います。 そして私は、それがとても難しいことを知っている。 遠くの人に同情や愛情を注ぐことは意外に簡単なこと。 なぜなら、 遠くの人は、自分の足を踏みつけないから。 遠くの人は、自分を押しのけたりしないから。 遠くの人は、自分にちょいと皮肉をいったりしないから。 自分の身近にいて毎日顔を合わせる人、 自分と深く関わっている人、 そういう人に同情や愛情や、優しい言葉をかけるのは、 とても難しい。 でも、神さまは、私たちの弱いところにこそ働かれる。 これはとても大きな励ましだ。 自分ができる。自分でやれる。自分は大丈夫。 と思っていては、神さまの力が十分に働かれない。 自分が自分で自分は…と言っている間は、 神さまに信頼していないからだ。 自分にはこれができない…でも、神さまがおられるから大丈夫。 自分はこれが不安だ…でも、イエスさまがおられるから安心だ。 自分には判断力がない…でも、聖霊様がガイドしてくださる。 確かに、自分には愛がない。 (と言っているとき、私は私しか見ていない) しかし、イエスさまが私といつも共におられるから感謝。 (このとき、視点は自分から神へ向かう) この世にはいろんなことが起こる。 世界情勢、と大きな枠組みで考えなくても、 自分の生活の周りには大小さまざまな問題が起こる。 けれど、神さまの御言葉である聖書は変わることがない。 世の中は流れ、変化していく。 どんなブームも去っていき、どんな流行もいつのまにか消えていく。 しかし、神の言葉である聖書はけっしてすたれない。ゆるがない。 私たちの罪、悔い改めと信仰告白、イエスキリストの十字架の救い、 教会の交わり、永遠の命…そして愛。 聖書が語るこれらの真実は、これからも変わることがない。 私たちに聖書が与えられていることは、なんと大きな恵みでしょう! 一言祈ります。 神さま。 世界情勢は緊迫し、多くの人が不安を感じています。 また、直接的な悲しみに出会い、怒りや憎しみをおぼえている方も 多くいらっしゃると思います。どうぞその方々の心を守り、 悲しみになぐさめを与え、 怒りや憎しみをしずめることができますように。 神さま。 どんなときであっても、心を騒がせず、あなたに信頼いたします。 どうか、弱い私たちの心を支えてください。 イエスさまがいつも私たちと共にいてくださることを感謝します。 世界の指導者たちが、どうか主にあって正しい判断をすることが できるように助けてください。 世界の情勢という大きなことと共に、 毎日のささやかなことについても、 いつも祈ることができますように。 そばにいる人に、主にある愛をおくることができますように。 イエスさまのお名前で祈ります。 アーメン。 それでは、おやすみなさい。 よい夢を…。 ================================================ 結城浩 [Letter] の登録ユーザにお届けしています。 登録や解除は http://www.hyuki.com/letter/ から。 ================================================