To: You From: Hiroshi Yuki Date: Tue Oct 02 04:20:00 2001 Subject: [Letter] こんばんは、と言ってももうすぐ朝ですが。 いかがお過ごしですか。結城です。 気がつくと、もう10月なんですね。 この間「21世紀」などと言っていたのに。 私は、今日もばたばたと忙しくしておりました。 そんな中、新約聖書のヨハネ6章のはじめの方は、 なんだか少し心に残りました。 イエスさまが、集まった5000人に食事を与える奇跡を行った場面です。 何度も聖書を読んでいると、さらっと読み過ごしちゃう個所なのですが…。 5000人も人がいて、どうやって食事をあてがおうか、 いま手元にある食物では足りないし…。 弟子のピリポはどんな風に表現しているかというと、 「めいめいが少しずつ取るにしても、二百デナリのパンでは足りません。」(ヨハネ6:7より) ピリポは自分なりの方法を頭で描いているのですね。 足りないから、みんなでちょっぴりずつ分けよう、って。 で、自分が考えた方法でうまくいかないし、と考える。 アンデレはどう言ったでしょうか。 「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。 しかし、こんなに大ぜいの人々では、それが何になりましょう。」(ヨハネ6:9) アンデレは自分の目の前の現実を直視し、 でも、大人数という難関の前に、だめだ、と考えました。 イエスさまは? イエスさまは人々をすわらせた後、 「パンを取り、感謝をささげてから、すわっている人々に分けてやられた。 また、小さい魚も同じようにして、彼らにほしいだけ分けられた」(ヨハネ6:11より) この場面は奇跡なのですけれど、 私たちはその様子を想像することができます。 少なくとも、イエスさまの様子と態度を思い描くことができます。 イエスさまはパンをお取りになりました。 5000人の前の5つのパン。いかにも足りない。何の足しにもなりそうもない5つのパン。 でも、イエスさまはそこから出発なさいます。 イエスさまは感謝をささげました。 誰に? もちろん神さまにでしょう。 足りない現実をなげくのではなく、大きな困難を愚痴るのでもなく、 感謝をささげました。神さま、ありがとうございます。神さま、感謝します。 イエスさまはパンを人々に分けました。 神さまから与えられた恵みを、人々と分かち合い、 その分かち合いは、空腹であった人々に直接的な満たしとなったことでしょう。 パンだけではなく魚も同じように。 イエスさまはほしいだけ分けられました。 ピリポの考えていた解決策「ちょっとずつ分ける」はいまはどこかにふっとびました。 神さまがあふれんばかりに恵みを与えてくださったからです。 私たちは、このようなイエスさまの奇跡、イエスさまのお取りになった態度から、 貴重な、しかも実践的な教訓を学ぶことができます。 私たちが問題にぶつかるとき――大きなものであれ、小さなものであれ―― 往々にして私たちは「自分の足りなさ」と「問題の大きさ」に目を奪われ、 困り果てます。あるときにはピリポのように、 「こういう解決方法では、この問題は解決できない」 といって頭を抱えてしまいます――自分の頭で考えた解決方法。 またあるときは、アンデレのように、 「手元には、これだけのお金/能力/人脈/仕事/時間/がある。 しかし、現在の問題にはこれではまったく足りない」 といって途方にくれてしまうかもしれません――自分の足りなさ、問題の大きさ。 << What Would Jesus Do? >> << ホワット・ウッド・ジーザス・ドゥ―イエスさまだったらどうするだろう? >> いま手元にあるすべてを神さまに示し、 まず、感謝をささげましょう。 足りない現実をなげくのではなく、大きな困難を愚痴るのでもなく、 感謝をささげましょう。 そしてまた、空虚な何かから出発するのではなく、夢物語から出発するのではなく、 実際の、現実の自分から出発しましょう。 足りないように見えるかもしれないけれど、 いや、実際に足りないけれど、これがいまの私の持っているすべてだ。 それを神さまに感謝しましょう。 そして信仰により歩み、得た恵みを人々と分かち合いましょう。 得た恵みを自分だけのために使うのではなく、自分のために使おうとするのではなく、 他の人のために、他の人と分かち合うために使う。 しかもそれを出し惜しみしない。もともと神さまから来たものなのだから、 惜しみなく与えましょう。 …私たちは、この聖書個所からこんなことを学ぶことができます。 イエスさまのような奇跡が、私たちにもすぐに起こる、とは限らないかもしれない。 けれども、けれども、私たちはイエスさまのなさったようにしよう。してみよう。 神さまに感謝し、神さまに信頼してみよう。 神さまは私たちの道具ではないから、神さまに命じて奇跡をなさせることはできない。 けれども、神さまは私たちを愛してくださるお父さんだから、 神さまにいつも信頼して、感謝して、今日も歩んでいこう。 イエスさまにならって、今日も歩んでいこう。小さな一歩でも。 << What Would Jesus Do? >> 聖書は、イエスさまがなさった信仰の実例、愛の模範で満ちています。 私たちに聖書が与えられていることを、いっしょに神さまに感謝しましょう。 神さま、聖書を私たちに与えてくださって感謝します。 御言葉を通して、私たちはイエスさまのことを知り、 神さまの愛を知り、味わい、また自分のこととして生かすことができます。 また、聖霊さまが私たちに御言葉の解き明かしを与えてくださり、 問題多き人生を歩ませてくださることも感謝します。 神さまに感謝し、イエスさまのお名前で祈ります。 アーメン。 今日もあなたの上に神さまの祝福が豊かにありますように。 ではまた。(にっこり) ================================================ 結城浩 [Letter] の登録ユーザにお届けしています。 登録や解除は http://www.hyuki.com/letter/ から。 ================================================