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デスマーチが起きる理由-推敲版- - (ちょっち手直ししてみた)

(ちょっち手直ししてみた)

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「では、」彼は、小柄な彼は、まるで聞き分けのない学生たちをなだめる教授のような口調で言った。

「確かめてみようじゃないかね?」

「『必要な時に必要なだけのスキルを持った開発者を投入しないと、プロジェクトは遅れる』」彼は言った。そんなこと常識だ。 「これが常識だということは理解してもらえると思う。だが、私がこれまでに見てきたほとんどのプロジェクトでは、 実際にこの常識を尊重してプロジェクト運営が行われているとは言い難い状況だった」

何だって?この常識が守られていない? 言われてみれば……確かにそうだ。

――今、うちの会社で一番問題になっているのは、営業部門だ。とはいっても、今期の営業成績が特に悪かったというわけではない。 大手顧客のほとんどから同じ苦情を言われている、と言えばお分かりだろうか。要するにレスポンスタイムの改善を要求されているのだ。

噂では、速やかに改善しなければ、オーダーを減らすとまで言われたらしい。 まるで脅されているようなものだが、営業部門の業務にかなり時間がかかっていることは否定できない。 そこで、改善計画が持ち上がり、システム部門に話が回ってきたというわけだ。

大量に使われていた紙の書類を減らし、必要な情報全てをデータベースに登録し、情報にどこからでもアクセスできるようにして迅速な営業を顧客に約束する。 そのためにこのプロジェクトは始まった。これっぽっちの人数で、なかなかどうして、社運を賭けたプロジェクトじゃないか。

しかしだからこそ、システムの運用が遅れれば顧客の信用を失い、売上の減少に直結すると言える。

この販売管理システムの開発が始まったとき、私は管理職の連中に、 ユーザ代表と話し合って仕様を決めるSEの数が足りないと不満を言ったことがある。そのとき、彼らは何をしてくれただろう。何もしてくれなかった。

必要な時に必要なだけのスキルを持った開発者を投入してくれなかった。この常識が守られていなかったから、このプロジェクトは遅れたというのか?

もし1月の運用に間に合わなければ、プロジェクトマネージャーの首が飛ぶことは間違い無い。おそらくプロジェクト関係者の昇進の話も無くなるだろう。 そして私も……私は知らずにペンを握り締めていたことに気づいた。

「『管理者は遅れているプロジェクトに必要なスキルを持った開発者を追加することを先延ばしにする』」

一瞬、彼が超能力者でないかと疑った。彼の口から漏れた言葉は、まさに私の考えていたことだったからだ。 その妄想を振り払ってスライドを見ると、彼の持つ棒(どこから引っ張り出したのだろう?)の先には、そう書かれた付箋紙があった。彼の問いかける声が耳に入った。

「『必要な時に必要なだけのスキルを持った開発者を投入しないと、プロジェクトは遅れる』のに、 『管理者は遅れているプロジェクトに必要なスキルを持った開発者を追加することを先延ばしにする』。 これは明らかに矛盾している。こう考えてみよう。『この矛盾は、何故、生まれるのだろうか?』 ……ステートメント(付箋紙)の続きを見てみてくれないか。 『管理者は新たな人員の追加に極めて慎重である』というやつだ。これには同意してもらえると思う。そして、その下にもステートメントがある」

言われて、ステートメントを辿る。すぐに3つのステートメントが目に入った。

最後のステートメントの控えめな表現に、みんなが笑った。吹き出してしまった奴までいる。私も、ここまで控えめな表現は見たことが無い。

みんながステートメントに十分目を通せるだけの時間を置いてから、ジョナサンは口を開いた。

「君たちの会社では、ごく一般的なプロジェクト管理を行っていると思う。 だから『プロジェクト単位でコスト(主に人件費)が集計され黒字or赤字が判断される』にあてはまっているはずだ。 また、『プロジェクトが赤字であると判断されると追加投資(人員増加)が認められない場合がある』にも覚えがあるだろう。 特にルールが無くても、管理者自身がそう決めている場合もある。 そして最後に、『プロジェクトが赤字であると判断されると管理者の立場が危うくなる』だ。特に反論は無いと思う」

その言葉に、みんなが頷いた。もちろんそうだ。みんな常識じゃないか。

「さて、それぞれのステートメントは常識的なことに過ぎないが、下から上に、矢印を辿って読んでみよう。問題が見えてくるはずだ」

本当だろうか?一つ一つのステートメントに違和感は無かったように思うが……私は言われた通りに下から上へと視線を移動させる。 それにあわせるように、ジョナサンはステートメントを読み上げた。

「もし、『プロジェクト単位でコスト(主に人件費)が集計され黒字or赤字が判断される』 かつ『プロジェクトが赤字であると判断されると追加投資(人員増加)が認められない場合がある』 かつ『プロジェクトが赤字であると判断されると管理者の立場が危うくなる』であるとき、 『管理者は新たな人員の追加に極めて慎重である』……ということにはならないかな?」

彼はまた、みんなの理解を待った。

「同様に、もし、管理者から見て『プロジェクト遂行に十分なだけの人員が存在しているように見える』 かつ『管理者は新たな人員の追加に極めて慎重である』とき、 『管理者は遅れているプロジェクトに必要なスキルを持った開発者を追加することを先延ばしにする』」

この因果関係にも異論は無い。

少しの間、沈黙があった。みんな、現状を理解しようと考え込んでいるのが分かる。 一つ一つはたわいもない常識だ。 だが、このステートメントの流れはなんというか、嫌な感じがする。

「ところで、『プロジェクトの人員が増えれば増えるほどコミュニケーション、資料作成ための時間が増え、実質的な開発効率は低下する』という事について考えてみよう。 コミュニケーションや資料作成が無駄だと言っているわけではない、ただ、善悪とは無関係にそういう傾向が存在していることは認めてもらえると思う」

その意見に、みんなが頷いた。 私は、またスライドを見た。こんなに真剣にスライドを見たミーティングは、何年ぶりだろうか。右側のステートメントに目を通す。

「何故だろうか?トム、ツリーを読み上げてくれないか」

いきなりのご指名にいささか狼狽しながらも、私は立った。みんなの顔を見渡して僅かに時間を稼ぎ、その間に考えをまとめる。よし。私は意を決して口を開いた。

「いいでしょう、ジョナサン。『何故だろうか?』との質問ですが、理由はこのツリーを見れば明らかです。 まず、『顧客は納期遅れが不満であり、管理者に絶対の納期厳守を要求する』という当然のイベントが発生します。 私たちのプロジェクトの場合、顧客の部分は営業部門であり、より大局的な視点では経営者であるということになります。 次に、『管理者は慌てて(スキル?を問わずに)開発者をかき集め、遅れているプロジェクトに投入する』ということになります。 これに加えて、『スキル?が低すぎる開発者はスキル?が高い開発者の時間を奪い、明らかに足を引っ張ることさえある』 かつ『一度動員した開発者をプロジェクトのメンバーから除外することは困難』 かつ『プロジェクト内での上下関係は職場の上下関係を反映しており、プロジェクト遂行のために最適化されているとは言い難い』とすれば、 『プロジェクトの人員が増えれば増えるほどコミュニケーション、資料作成ための時間が増え、実質的な開発効率は低下する』ことは明白です」

言い終わって、みんなの視線を一心に集めていることに気づいた。どうして私なんかに注目するのだ?なんとなく気まずさを感じながら、私はそのまま着席した。 やれやれ、こういうのは学生時代だけで十分だ。

「話をまとめてみよう。彼の読み上げてくれたツリーから分かることは、スキルを問わずに『多数の人員を投入すればするほど、プロジェクトは非効率的になっていく』ということだ。それでは納期は守れない」

マネージャー補佐のヨハンは、彼の言葉に納得できていないようだった。吐き捨てるような言葉に、私は愕然とした。

「いいや、私は、その前提のほうが間違いだと思うよ。まったくナンセンスだ」

私が読み上げたツリーの内容を、ヨハンはまだ理解していないのだろうか……それとも、理解したくないのだろうか。

ヨハンは言った。

「確かに『管理者は新たな人員の追加に極めて慎重である』が、遅れているならそれをカバーするのは、当然のことじゃないか。人が足りていないからなんだろう?なら、外部から人を連れてくれば良い。これで、『プロジェクト遂行に十分なだけの人員が存在している』」

「実際は、プロジェクト遂行に十分なだけの人員はいません」

アレクサンドが、はっきりとした口調で言った。

「今のままでは何もかも不十分です。特に、Bモジュールの進捗の遅れをカバー出来るスキルを持った開発者が足りていないんです!」

最後のほうは、プロジェクトのメンバー全員が上げた悲鳴のようだった。

「よろしい。つまり、開発者の視点では『プロジェクト遂行に必要となる必須スキルを持った開発者が十分に存在していない』ということだ。 一方、トムの読み上げてくれたツリーから分かることは、スキルを問わずに『多数の人員を投入すればするほど、プロジェクトは非効率的になっていく』というわけだから、 従って、『開発側が求めているのは、少数の高スキル開発者の投入』だということになる。アレクサンド、そうだね?」

先ほどは声を荒げたアレクサンドだったが、今のジョナサンの言葉には満足したようだ。

「ええ、その通りです」

予期せぬ理解者の登場に、彼の声はもう和らいでいた。

「さて、『少数の高スキル開発者の投入』このマネジメントが行えない理由はあるかな?」

ジョナサンはそう言うと、私たちの顔を見渡した。答えたのはヨハンだった。

「理由はもちろんあります。いいですか、人員の投入には、コストがかかります。 高スキルの開発者をプロジェクトに投入するには、非常に多くのコストがかかるんです。 今でさえ赤字ぎりぎりのプロジェクトなんですよ。もしそんなことをすれば、プロジェクトは一気に赤字になるでしょう。 マネジメントの本質は、納期と予算の両方を守ることです。そのバランスが大切なんです。高スキル開発者の追加は一切認められません」

ヨハンは、アレクサンドをちらりと見やった。信じられないほど冷酷な目だった。

開発期間とコストの両方を守るだと?ならばこのプロジェクトの遅れは何だと言うのだ。メンバーの努力が足りないとでも言うつもりなのか。

彼の言葉に、みんながざわめき出した。それを遮るように、ジョナサンが言った。

「よろしい。つまり、管理者の視点では『コスト(人件費)の極端な増加を避けるため、遅れているプロジェクトへの人員追加を行う際には単価の安い低スキル開発者が優先される』。 ……このプロジェクトには確かに矛盾が存在している。開発者にも、管理者にも、どちらにも言い分がある。大きな対立だ」

彼はホワイトボードに図を書き始めた。

「予算と納期、これが矛盾の原因だと、私は思う」

「ツリーのほうを見れば、それは明らかだ。プロジェクトに遅れがでないようにしたい、これは顧客と開発者の望むマネジメントだ。 反対に、予算をオーバーしないようにしたい、これが管理者の望むマネジメントだ」

ジョナサンは、対立解消図に『対立』と文字を書き足し、より鮮明に対立関係を伝えようとする。

「だが、管理者の行動方針に関しては疑問が残る。 彼らは始めのうちは予算を重視している。しかしプロジェクトが大幅に遅れていることを顧客に責められると、 予算を無視してでも納期に間に合わせようとして、大量の人員投入を行う。ここで、『予算を守る』という方針を、あっさり捨てているのは何故かね?」

「……私たちがこれまで上手くマネジメントできていなかったのは、この矛盾と関係があるということですか? もしこの矛盾が解消できれば、マネジメントは上手くいくと?」

ヨハンが、彼をまっすぐ見つめて質問した。

ジョナサンは、冷静さを崩さない。

「予算を守ろうとする考え方は、納期を守ろうとする考え方と、相容れないように思える。二つの方針は矛盾している。真っ向から対立している。 私はそれが、問題の本質だと思う。 しかし、」

ジョナサンは言った。

「考え方が対立しているように見えるからと言って、本当に対立しているとは限らない。大抵は、どちらか考え方の前提が間違っているだけであることがほとんどだ」

そう言って、またステートメントを書き足す。

プロジェクト単位にコスト(人件費)を集計することは正しい

しばらく、そのステートメントにみんなの視線が集中した。今の今まで、疑ったことなど一度も無かった。みんな当然の前提と思っていたことだ。 あたりまえの常識だったはずのことだ。これが、間違っているかもしれないとでも言うのだろうか。馬鹿げている。だが、もし、そうだったなら?どういうことになるのだ?

みんな黙ってしまった。

長い沈黙の後、普段はあまり喋らないボブが、躊躇いがちに口を開いた。

「一つ、いいですか」

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