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デスマーチが起きる理由-1人称の場合- - 〜 我輩はトムである 〜

〜 我輩はトムである 〜

「『必要な時に必要なだけのスキルを持った開発者を投入しないと、プロジェクトは遅れる』」とジョナサンが言った。そんなこと常識だ。 「これが常識だということは理解してもらえると思う。だが、私がこれまでに見てきたほとんどのプロジェクトでは、実際にこの常識を尊重してプロジェクト運営が行われているとは言い難い状況だった」

何だって?この常識が守られていない? 言われてみれば……確かにそうだ。この販売管理システムの開発が始まったとき、私は管理職の連中に、ユーザ代表と話し合って仕様を決めるSEの数が足りないと不満を言ったことがある。そのとき、彼らは何をしてくれただろう。何もしてくれなかった。必要な時に必要なだけのスキルを持った開発者を投入してくれなかった。この常識が守られていなかったから、このプロジェクトは遅れたというのか?

「『管理者は遅れているプロジェクトに必要なスキルを持った開発者を追加することを先延ばしにする』」

一瞬、彼が超能力者でないかと疑ってしまった。彼の口から漏れた言葉は、まさに私の考えていたことだったからだ。そんな妄想を振り払ってスライドを見ると、彼の持つ棒(どこから引っ張り出したのだろう?)の先には、そう書かれた付箋紙があった。彼の問いかける声が耳に入ってきた。

「『必要な時に必要なだけのスキルを持った開発者を投入しないと、プロジェクトは遅れる』のに、『管理者は遅れているプロジェクトに必要なスキルを持った開発者を追加することを先延ばしにする』。これは明らかに矛盾している。こう考えてみよう。『この矛盾は、何故、生まれるのだろうか?』」

「……私たちがこれまで上手くマネジメントできていなかったのは、この矛盾と関係があるということですか?」

彼をまっすぐ見つめて質問したのは、マネージャー補佐のヨハンだ。

「もしこの矛盾が解消できれば、マネジメントは上手くいくと?」

彼のやっていることにいちいち半信半疑なのだろう。私もそうなのだから、きっとヨハンもそうに違いない。

「そんなに簡単なことでいいのですか?本当にそれだけでいいと?」

確かにそうだ。話が単純すぎるのではないだろうか。しかし……もしそうなら、ヨハンの言うとおり簡単なことだというのなら、どうしてこれまで誰もこの単純で常識的な矛盾を指摘しなかったのだ?

「君は簡単と言ったが、私はそうでないと思う。しかし君が簡単だと言うのなら、ステートメント(付箋紙)の続きを見てみてくれないか。『管理者は新たな人員の追加に極めて慎重である』というやつだ。これには君も同意してもらえると思う。そして、その下にもステートメントがある」

そうジョナサンに言われて、ヨハンはスライドを見やった。私の目も、ステートメントを辿る。すぐに3つのステートメントが目に入った。

最後のステートメントの控えめな表現に、みんなが苦笑している。吹き出してしまった奴までいる。私も、ここまで控えめな表現は見たことが無い。今、うちの会社で一番問題になっているのは、営業部門だ。とはいっても、今期の営業成績が特に悪かったというわけではない。大手顧客のほとんどから同じ苦情を言われている、と言えばお分かりだろうか。要するにレスポンスタイムの改善を要求されているのだ。

噂では、速やかに改善しなければ、オーダーを減らすとまで言われたらしい。まるで脅されているようなものだが、営業部門の業務にかなり時間がかかっていることは否定できない。そこで、改善計画が持ち上がり、システム部門に話が回ってきたというわけだ。

大量に使われていた紙の書類を減らし、必要な情報全てをデータベースに登録し、情報にどこからでもアクセスできるようにして迅速な営業を顧客に約束する。そのためにこのプロジェクトは始まった。これっぽっちの人数で、なかなかどうして、社運を賭けたプロジェクトじゃないか。

しかしだからこそ、システムの運用が遅れれば顧客の信用を失い、売上の減少に直結すると言える。もし1月の運用に間に合わなければ、プロジェクトマネージャーの首が飛ぶことは間違い無い。おそらくプロジェクト関係者の昇進の話も無くなるだろう。そして私も……私は知らずにペンを握り締めていたことに気づいた。

みんながステートメントに十分目を通せるだけの時間を置いていたのだろう、ジョナサンは、しばらくしてから口を開いた。

「君たちの会社では、ごく一般的なプロジェクト管理を行っていると思う。だから『プロジェクト単位でコスト(主に人件費)が集計され黒字or赤字が判断される』にあてはまっているはずだ。また、『プロジェクトが赤字であると判断されると追加投資(人員増加)が認められない場合がある』にも覚えがあるだろう。特にルールが無くても、管理者自身がそう決めている場合もある。そして最後に、『プロジェクトが赤字であると判断されると管理者の立場が危うくなる』だ。特に反論は無いと思う」

その言葉に、全員が頷いている。もちろんそうだ。みんな常識じゃないか。

「さて、それぞれのステートメントは常識的なことに過ぎないが、下から上に、矢印を辿って読んでみよう。問題が見えてくるはずだ」

本当だろうか?一つ一つのステートメントに違和感は無かったように思うが……私は言われた通りに下から上へと視線を移動させる。それにあわせるように、ジョナサンがステートメントを読み上げる。

「もし、『プロジェクト単位でコスト(主に人件費)が集計され黒字or赤字が判断される』かつ『プロジェクトが赤字であると判断されると追加投資(人員増加)が認められない場合がある』かつ『プロジェクトが赤字であると判断されると管理者の立場が危うくなる』であるとき、『管理者は新たな人員の追加に極めて慎重である』……ということにはならないかな?」

彼はまた、みんなの理解を待っているようだ。一つ一つはたわいもない常識だ。この因果関係にも異論は無い。だが、このステートメントの流れはなんというか、嫌な感じがする。

「同様に、もし、管理者から見て『プロジェクト遂行に十分なだけの人員が存在しているように見える』かつ『管理者は新たな人員の追加に極めて慎重である』とき、『管理者は遅れているプロジェクトに必要なスキルを持った開発者を追加することを先延ばしにする』」

少しの間、沈黙があった。みんな、現状を理解しようと考え込んでいるのだろうか?

「実際は、プロジェクト遂行に十分なだけの人員はいません」

沈黙を破り、ジョナサンに向かって、はっきりとした口調で言ったのは、アレクサンドだ。

「今のままでは何もかも不十分です。特に、Bモジュールの進捗の遅れをカバー出来るスキルを持った開発者が足りていないんです!」

最後のほうは、プロジェクトのメンバー全員が上げた悲鳴に聞こえた。

(つづく、のか?)