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デスマーチが起きる理由-3人称の場合- - 〜 プロジェクトX 〜

〜 プロジェクトX 〜

鳥のさえずり声に混じって、悪態が聞こえてきた。 今日の早朝に予定されていたミーティングのことをすっかり忘れていたのだ。

 ――まったく、最悪の朝だ。
着替えている途中で、電話が鳴った。無視していると「高い金を払ってコンサルタントを雇った極めて重要なミーティングだ」と念を押されていた事を思い出した。
 ――それもこれも昨日のバグのせいだ。睡眠時間も、開発スキルも、人員も、私の現場には何もかもが足りていない。なのに、上司はそれを理解せず、テスト工程を削ってでも早く納品しろとプレッシャーを与えてくる。
あの馬鹿どもめ。一体何を考えているんだ?

スーツに着替え終わると、空腹をごまかすために冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して飲み干し、会社に向かった。通勤時間はバイクで5分なのがたった一つの救いだった。

「遅れてすまない」

そう言って会議室に入ると、奇妙なことに気がついた。教室のように整然と並んでいるはずの机が移動していて、即席の半円形に並べ替えられていた。 それに何より、ホワイトボードは真っ白だった。ミーティングは、まだ始まっていなかった。 十数人の同僚たちが見つめている中、見慣れない――背は低く、おせじにもカッコいい奴には見えない――男がいた。

「あなたがコンサルタントの方ですか?」

質問に男は頷いた。

「その通り。私はジョナサン。君はトム君だったね。すぐ来ると聞いて、君を待っていた。さあ、ミーティングを始めよう。大切なミーティングだ」

矢継ぎ早にそう言うと、中央に戻っていった。 席に座りながらトムは思っていた。何が大切なミーティングだ、こんなものは時間を無駄にしているに過ぎない、と。

「ミーティングを始めるにあたって、まず現状を確認したい。もらった資料は少し古くなっているからね。誰か、現状を説明してもらえないだろうか」

ジョナサンにそう言われて立ち上がったのはアレクサンドだった。少し融通の利かないところはあるが、かなり頭の切れる男だ。トムも一目置いていた。

「この販売管理システム開発プロジェクトは、2月の頭から開始しました。当初のプロジェクト完了予定日は、7月末。 つまり、開発期間は6ヶ月と見積もられていました。しかし、今がいつであるかお分かりでしょう。既に10月の半ば……つまり2ヶ月半の遅れが出ています。 早急な……一刻も早い対策が望まれます」

アレクサンドの言っていることは、このミーティングに来ている全員が理解している。理解していないのはあのコンサルタントだけだ、とトムは思った。

「一つ質問させてもらいたい。今、『早急な』『一刻も早く』と言ったが、何故なんだね?正確な理由を教えてくれないか」

もう着席するつもりでいたアレクサンドは、ジョナサンの突然の質問に少し面食らったようだったが、即座に答えた。

「それは……来年一月からの運用が予定されているからです。運用時にバグが出るといけませんから、最低でも1ヶ月のテスト期間が必要です。 ですから、11月末までには開発フェイズを完了させなければいけません」

トムは思った。 それも、みんな分かっていることだ。とにかく時間が足りない。毎日残業しても、まだ足りない。せめて運用が4月あたりに先延ばしになってくれれば、何とかなるのだが。

「状況を整理してみよう。当初は6ヶ月の開発期間を予定していたプロジェクトだが、2ヶ月半もの遅れが出ている。 結論から言えば、これまでに行ってきたであろうマネジメントは、有効に機能していなかったということだ。 誤解を与えないように言っておくが、君たちを責めているわけじゃない。責任だとか、上下関係だとか、そんなことはどうでもいい。 問題は開発の遅れで、我々は解決策を探さなくてはいけない……このミーティングはそのためのものだからね」

トムは、資料を眺めるふりをしながら思っていた。 馬鹿げたミーティングだ。このプロジェクトを救えるはずが無い。我々は解決策を探さなくてはいけない。そんなことを言うだけなら誰にだってできる。猿にだって言える。私の上司にだって言えるだろう。いや、言えないかな?

そんな思考をしていたためか、少しの間、ジョナサンの言葉が耳に入っていなかった。トムが顔を上げると、ジョナサンはプロジェクターを利用して何かのスライドを表示するところだった。

「努力、友情、勝利」と書かれたスライドが現れて、御高説が始まるのかとトムは思ったが、そうではなかった。 表示されたのは、何の変哲も無い付箋紙を矢印で結んだだけの、ツリーだった。上にはデスマーチと書いてある。まさにこのプロジェクトのことだ。

「これは何ですか?」

ステーシーが質問した。彼女は知らないことを人に尋ねるのが得意だった。様々な分野の知識を持っている彼女にも、どうやら知らないことがあるらしかった。

「デスマーチの現状問題構造ツリーだ」

ジョナサンはゆっくりと答えた。

「人は、自分が問題を認識していると思っている。全ての前提は頭の中に入っていて、自分は正しい判断をしているのだと信じている。 誰もが自分が一番プロジェクトの役に立っているのだと考えている。 自分が一番難しいモジュールを開発していて、だから一番残業していて、もちろんこのプロジェクトは最大限効率的なのだと信じている。 しかし、私はこう思う。『本当にそうだろうか?』と」

トムは、最初、彼が何を言っているのか、よく分からなかった。だが、暗に自分たちの努力が否定されているのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。 他のみんなも同じだったようだ。「そんなはずはない」「何を考えているんだ」「俺たちを非難しにきたのか」と野次が飛んだ。

「では、」彼は、小柄な彼は、まるで聞き分けのない学生たちをなだめる教授のような口調で言った。

「確かめてみようじゃないかね?」

(つづく?)