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委ねる - どうすれば良いか

どうすれば良いか 委ねてみよう

ゆだねるというのは、それまでの、対象との関係を自分の意思 を持って、自分のなかで変化させること。ものすごく深く関わっている場合は、それだけ、変化自体が自分自身にとって痛い。それでも、自分を愛するように隣人を愛するためには、時として、必要な行為。

手放すとゆだねるはとても近い。手放すは、自分の手からそれを解き放つこと。ゆだねるとは、手放したそれを、虚空ではなく、目には見えないけれど信頼できる誰か(それを神様とも言う)にゆだねること。

もしあなたが、しがみついて、しがみついていること自体が不安なら、それを、手放しゆだねることも検討に入れると良いかもしれない。


神様はあまり信じていなかったり するのだけど 運命は信じていたりする 初めからこうなる ことが必然だったんだろうな 何を信じていれば良い こんなことをする理由が 見つからない


ゆだねる、ゆだねざるをえない、という状況が、 もっとも顕著にあらわれてくるのは、 「別れ」だろう。

別れにもいろいろある。 仲違いをした、引っ越しをした、巣立った、 時間とともに、クラス替えがあった、卒業をした、 男女という意味で破局した、 そして、死、など。

こうした状況の時に、 もうそれまでと同じように、 相手に対して自分が在ることができない、 存在的な苦痛が生じる。

どんなに、人と自分は違う存在だと思っても、 交わした言葉、共にあった空間や時間、 それらによって、 相手の存在が自分の中に在る。 相手と分かちがたい自分が在る。

そんな相手と別れる、分けられる時に、 さまざまな不安や喪失感に襲われる。

だけれども、 もしも、 見えざる存在を介して、 相手とつながっているならば?

その見えざる存在がゆるがない、 大きな、時間を超えて、 空間を超えて、在るものならば?

見えざる存在に向けて、 相手を祈り、 もしも相手もまたその見えざる存在に向けて自分を祈ってくれるならば?

もちろん、全く同じ量・質的なものではないかもしれない。 その祈りは。

けれども、見えざる存在に相手をゆだねたとき、 別れという状況のなかで、支えられるかもしれない。

たくさんの祈りと共に、 相手を送り出そう。


「別れる」のは、物理的にも時間的にも距離的にも、 隔てられるから、ゆだねやすいけれど、 育児や介護、職場など、日常的な共同体のなかで、 「ゆだねる」にはどうしたらいいのだろうか。


似ている言葉。 これらと何が同じで、何が違うのか。


そういうものは もっと隠れて 誰にも知られずに 近づくのかなと 思っている

まあここに書いてる時点で違うけど‥ 一番初めに伝えるべきだったな

あなたの気持ちは純粋ではないのだろうか あなたが良いと思ったとき連絡してくれたら嬉しいです

今のわたしはそういうことしか伝えられないけど。。。 ダメかな?


当たり前だなんて少しも

思ってはないです

どういう気持ちが思い当たるかな

近いのはーさらば愛しき危険たちよーかな

たまにはあなたがどういう気持ちか

歌で言ってみたりしてくれると助かります


アナタガイナイセカイハ
 ツマラナイ  イヤだ


あなたが寒いと言えば いつでも迎えに行くさ