【しばらく編集不可モードで運営します】 編集(管理者用) | 差分 | 新規作成 | 一覧 | RSS | FrontPage | 検索 | 更新履歴

UnreasonableEffectivenessOfMathematics -

目次

数学の不条理な効力

この文書について

数学の不条理な効力

はじめに

これが哲学的な議論であることは表題からはっきりしている。 大半の科学者、工学者、数学者が哲学にほとんど敬意を払わない。 私はそれを良くわかっているけれど、かといって後ろめたく思うべきではないだろう。 はじめにそれだけ言ってから話を進めたい。

私達がよく知っているように、ヒトは自分自身のことをいつも不思議に思っている。 自分をとりまく世界とは、人生とは何だろう。そんな思いを巡らせている。 私達には古くから伝わる多くの神話がある。 大文字の神、あるいは小文字の神々が、 どのように、なぜヒトと宇宙を作ったのかを神話は伝えている。 私はこれを 神学上の説明 と呼びたい。 それらの説明には共通する大きな特徴がある ... なぜものごとがそうなったのか、そのように問うことがほとんど無いのだ。 創造は神の選択である。だいたいそうやって説明をうける。

この神学的フレームワークの外側に思いを馳せるところから哲学は始まった。 初期の例として、哲学者によるこんな説明がある。世界は土と火と水と空気で出来ている。 神がそのように事を運んだのだ、当時の彼らはそう語り、納得したに違いない。

ものごとを説明しようとするこうした初期の試みが少しずつ歩みをすすめ、 哲学や、今日の私達が知る数学になった。 科学はものごとの「なぜ」を説明しない ... なぜ重力が物を落とすのかはわからない ... けれど科学は「どのように」を示す多くの細部をもたらし、 そこから私達は「なぜ」を理解した手応えを得る。 この点をはっきりしておきたい; 科学には、互いに繋がりあう細部の海原がある。人はそこに宇宙の「なぜ」を見るのだ。

科学が長い証明の連鎖を推し進めるために使う主たる道具は、数学だ。 実際、数学はそのために設計された心の道具だと定義していいかもしれない。 長い間、多くの人々が問うてきた謎がある。 私が表題でうまく言い表した、「なぜ数学はこう不条理なまでに効力があるのか」という問い。 こう問うとき、私達は宇宙の正体や仕組みについて物質的な面よりは理知的な面を追求している。

数学という基盤の上で仕事をする数学者は、主に自己一貫性や系の制限を気にしている。 なぜある理論的な説明を、世界が許すのかは気にしないだろう。 ある意味で、私は物質的な面を思索した初期ギリシャ哲学者の位置にいる。 そして理知的な面にある私の答えは、当時の彼らと比べてもあまり良い物では無いだろう。 とはいえ私達はある所、ある時から説明を始めなければならない。 世界はある理論的な規則で紡がれており、その規則は数学によく似ていること、 そして数学は科学と工学の言語である、そのことについて。

概要をまとめたから、 今度は私の考えや主張を他の人に伝えるにはどんな方法が最善かを考えなければいけない。 経験上、これがいつも上手くいくとは限らない。 結局、まずは次のような予備説明をすればよかろうと考えた。

この議論にはほとんど架空の話という面がある。 数学についても少しは言及せざるを得ないだろう。 数学と呼ばれる普遍的なふるまいに関する理論、その一部分を選んで触れることになる。 加えて応用に関しても様々な理論がある。従って、ある程度は理論の理論に話を進める。 物事を議論する上で、私が実験主義者の方法をとることに驚くかもしれない。 それぞれの理論が意味するところを気にしないこと。 理論のあるべき姿に関する自分の考え、各分野の専門家のと主張を気にしないこと。 私の実験主義的なやりかたは、既存の考え方や先入観とはまったく馴染まないものだ。 勝手にやろうじゃないか!

この記事を触発したのは、似たような表題を持つ次の記事だ。 「The Unreasonable Effectiveness of Mathematics in the Natural Sciences(自然科学における数学の不条理な効力)」 E.P. Wigner による。 表題の一部をなくしたのがわかるだろう。 先の記事を読んだ人には、その内容を繰り返す気がないことを伝えておきたい。 (著者の説明をこれ以上よくできるとは思わない。) かわりに、私は表題の問いが持つ意味を説明することに時間を割いている。 ただし説明をすべて終えたあとにも剰余がある。 その問いは大きすぎて、本質的には答えられず残ってしまうのだ。

数学の不条理な効力

Wigner は記事の中で大量の例を挙げ、物理学における数学の効力を示している。 だから私は自身の経験に基いて話そうと思う。私の経験は工学寄りだ。 現実世界の物事を予測するのに数学を使う。 その本当の場面を私がはじめて経験したのは、原子爆弾の設計に関してのことだった。 第二次大戦中のことだ。 私達が原始的なリレー型電算機でひたすら計算した値と、 アラモゴルドで行った最初の試験爆発の結果は、極めてよく一致した。どういうことだろうか? 計算結果を検証するための小規模な実験はしなかったし、やりようもなかった。 これが特別な場面でなかったことは、後の誘導型ミサイルに関する経験からわかった ... 私達が数学的な記号操作でたてた予想は、いつも現実に立ち現れるのだ。 その後も必然的に、というのは Bell システムで働いていたので、 私は多くの電話通信その他の数学的な仕事に携わった。 進行波管(traveling wave tubes)、 テレビ線の等化(equalization)、 複雑な通信システムの安定性(stability)、 中央交換局での回線ブロック (the blocking of calls through a telephone central office)、 枚挙にいとまがない。 格好良いものがいいなら、トランジスタ研究や空戦、計算機設計などを挙げてもいい。 いずれにせよほぼ全ての科学や工学は広く数学的な操作を行い、目覚ましい成功を収めている。

読者の多くはマクスウェル方程式の物語を聞いたことがあるだろう。 彼の式がどうやって項の対称性を拡張したか、その式から予測された電磁波をヘルツが発見したこと。 数式が未知の物理現象を見事に予測した例は多く、良く知られている。 ここで繰り返すまでもない。

Wigner は 不変性(invariance) の果たす根本的な役割を強調する。 それは数学の基本であり、科学の基本でもある。 ニュートン方程式は普遍性を欠いていた。(速度の基準に絶対座標が必要だった。) それがローレンツ、フィッツジェラルド、ポアンカレ、アインシュタインを 特殊相対性理論へと駆り立てた。

Wigner はこうも洞察している。 まったく同じ数学的な概念 がまったく予期しない関係を浮び上がらせる。 たとえば、プトレマイオス天文学における三角関数は変換の手段として不変である。 (時間の不変性。) 三角関数は線形システムに用いる関数にも適している。 同じ数学の要素が様々に異なる場面でふるう莫大な威力は合理的な説明がつかない。 (今のところは。)

加えて、数学の簡潔さは物理への応用でも長いこと鍵でありつづけた。 アインシュタインはこの信念の擁護者の中でも一番有名だ。 数学それ自身においても簡潔さは際立った意味を持つ。少くとも私にとっては。 最も簡潔な代数の方程式、線形と二次の方程式は、もっとも簡潔な幾何的実体に 対応している。直線、円、円錐だ。この簡潔さのおかげで解析幾何学は実用になる。 数学はどのように簡潔であり続けているのだろうか。 ヒトの心の産物が、これほどまでに異なった広がりの中で、 どうして際立った有用さを得ることができるのだろうか?

こうした数学の成功によって、現在は科学を数学的にしようとする強い流れがある。 数学は成し遂げるべき目標とみなされている。 今日が駄目でも、明日はもっと数学的であろうとする。 以下では物理学と天文学を例にとろうと思う。

「数学こそが宇宙を理解する筋道である」と最初に唱えたのはピタゴラスだった。 彼は声高に、はっきりと主張した。「数が全てのものを測るのだ」

こうした態度として有名なもう一つの例はケプラーだ。 神の創造物は数学を通してのみ理解できると、彼は強く信じていた。 二十年に及ぶ単調な計算の末、彼は惑星の動きに関する有名な三つの法則を発見した ... 三種類の比較的単純な数学表現によって、一見複雑な惑星の動きを表現してみせた。

ガリレオは言った。「自然法則は数学の言葉で書かれている」 ニュートンはケプラーとガリレオの成果から、有名なニュートンの運動方程式を導いた。 おそらく、これは万有引力の法則と共に最も広く知られた数学の不条理な効力の例だろう。 既知の惑星がどこにあるかをを予測するだけでなく, 未知の惑星の位置や遠い星々の動き、 潮汐、そのほか色々なものを予測することができる。

科学はいくつかの法則からできている。 その法則はもともと小さな、周到に選び抜かれた洞察だった。 最初はさほど正確でなかったことも多い。しかし後により広い範囲に適用できることがわかり、 また正確さを高めるよう元のデータは訂正されていく。 常にそうとは限らない。しかし説明が必要なくらいには頻繁に、こうしたことがおこる。

産業の世界に身を置いて三十年のあいだ数学を実践しながら、 私は自分のなした予測に不安を持つことがよくあった。 私の仕事で使う数学は、(他人から見れば)確固たる形で未来を予測した ... もしあれやそれをやったら、これこれの結果になるだろう、という風に。 ふつう予測は正しかった。 こいつはどうやって私の予測(人類の生んだ数学に基く)のことを聞きつけ、 それを支えるべく立ち回ったんだろう? 世の中とはそうものだと考えるのは馬鹿げている。 そうではない。数学が、宇宙で起こる多くの出来事についてある程度堅牢なモデルをもたらしたのだ。 そして、私は比較的簡素な数学しか使えないが, その簡素な数学がとてもたくさんの事を予測できるのはなぜだろうか。

更に例を引き、数学の不条理な効力を説明していくこともできる。 ただ、それはうんざりするだけだろう。 実際、読者の多くは私の知らない例を知っているのではないかと思う。 だから、私が長い成功例のリストを持っていると納得してもらえたことにして話を進めたい。 新しい惑星、新しい物理現象、新しい成果、そんな予測のスペクタクルがある。 時間は限られている。私は自分の考えを説明するのにその枠を使いたい。 Wigner が答えを(少なくとも部分的に)ははぐらかした、表題の意図についての話だ。

数学とは何か?

数学の仮説はモーゼがシナイ山で手にいれた石版ではない

いくつかの部分的な説明

おわりに