等式で遊ぶ

結城浩

2003年4月2日

A4のコピー用紙一枚と鉛筆2本をもって食卓につくと、 長男が興味深そうにのぞきこんでくる。

長男「ねえ、なに書くの? 図形クイズして!」
 私「じゃあ、エックスの話をしよう」
長男「ふうん?」

    (以下、「エックス」を■で表記します。「掛ける」と紛らわしいからです)
    
 私「これがエックスです」

    ■

長男「うん」
 私「これは何か数を表しているとしましょう。でも何だかはわかりません」
長男「ふんふん。クイズだね」
 私「エックスに、2を足したら12になりました」

    ■+2 = 12

長男「簡単だよ。エックスは10だね!」
 私「そうだね、その通り。でもここでは、その理由について考えてみよう。
   あなたは賢いからぱっと10だとわかったけれど、その説明について考える」
長男「ふうん?」
 私「まずは言葉から。これを、左辺という。さへん」

    ■+2 = 12

長男「さへん。」
 私「左にあるからだね。じゃあこれは?」

    ■+2 = 12
    
長男「右にあるから、右辺だ。」
 私「そう。右にあるから右辺。左辺と右辺をあわせて両辺という。りょうへん」
長男「りょうへん」
 私「真ん中にあるイコールのマークは等号という。とうごう」
長男「とうごう。ふとうごうっていうのもあるんだよね。ふとうしきとか」
 私「そう。等号は、短い線が平行に並んでいる様子を表している。
   等しい、って感じがするでしょう。
   だからこの線を短く書きすぎないほうがいい。ゆったりと少し長めに書く」
長男「ふうん」
 私「等式は、左辺と右辺が等しいことをあらわしている。ちょうど…」
長男「ちょうど?」
 私「ちょうど、てんびんのように。てんびんは知っている?」
長男「しっている。重さを量るの」
 私「そう。てんびんは重さを量る。
   左側の皿と右側の皿に乗っているものの重さが等しいかどうか、を調べるのがてんびん。
   じゃあ、さっきの式にもどるよ」

    ■+2 = 12
    
 私「ここで、両辺——左辺と右辺のことだよ——から同じ数2を引いてみよう」
長男「うん。■は10だよね」
 私「そう。そうだけれど、先を急ぎすぎている。
   一歩一歩進んでみよう。両辺から2を引くとこうなる」

    ■+2−2 = 12−2
    
長男「そうか、+2−2がなくなるんだ」
 私「そう。なくなるというか、+0になるんだね。そこで、次のようになる」

    ■ = 10
    
長男「なんだ、やっぱり10だ」
 私「そうだよ。あなたの答えははじめから正しかった。
   いまやったことは、それをゆっくり説明つきでやっただけだよ」
長男「それって面倒なだけじゃないの?」
 私「どうだろうね」
 
    *   *   *

 私「では、次の式を考えてみよう。また等式だよ」

    ■×2 = 14
    
長男「簡単だよ。ええと、7かな。■は7だ」
 私「そうだね。7で正しい。
   でも、いまほしいのは、説明だ。どうして7だとわかったんだろう。」
長男「だって、7が2個あったら14だもの」
 私「そうだね。それは正しい。
   では、説明のためのヒントを与えよう。
   さっき覚えた魔法の言葉、左辺と右辺——あわせて両辺、を使ってみよう」
長男「うーん、どういうこと?」
 私「こういうこと。両辺を2でわったらどうなる?こうなる」

    ■×2÷2 = 14÷2
    
長男「あ、そうか。両辺を同じ数で割ったからこれも等しい?」
 私「その通り」
長男「で、×2÷2がなくなるから…」
 私「×2÷2は×1と同じことだからね」

    ■ = 7
    
長男「そうか。さっきの+2−2と似ているね」
 私「そう。さっきは、てんびんの両方の皿から2を引いた。
   今度は両方の皿の上のものを半分にした。
   等式の両辺に同じ操作をしても、やっぱり等式は成り立つ」
長男「ふうん。でも、やっぱり面倒くさいな」

    *   *   *

 私「ところで、あなたは「つるかめ算」って知っている?」
長男「知っているよ。得意なんだ」
 私「鶴と亀をあわせると3匹でした。鶴の足と亀の足を合わせると8本でした。鶴は何匹ですか」
長男「うーんとねえ。鶴は2匹」
 私「計算はやいなあ。説明してよ」
長男「え? だって、2匹でしょ」
 私「そう。答えはあっている。でもいま聞きたいのはどうして2匹なのかということ」
長男「わかんない」
 私「じゃあ、式を作ってみよう。いま、鶴が■匹いるとしよう」
長男「2匹だよ」
 私「でも、まだわかっていないことにするんだよ。鶴が■匹いたら、足は何本?」
長男「4本」
 私「いやいや、鶴は■匹なんだ」
長男「あ、そういうことね。うんと、■×2本?」
 私「その通り。もし亀が●匹(●はYだとする)いたら、亀の足は何本?」
長男「わかった。●×4本だ」
 私「その通り。ではここで、さっきの問題にもどってみよう。
   『鶴と亀をあわせると3匹でした』これを式で表すとどうなる?」
長男「え?■+●かな?」
 私「そうだね。それは『鶴と亀をあわせると』までだね。3匹が出てきていない」
長男「あ、そうか。

    ■+● = 3              …(1)

   かな」
 私「その通り。大正解。ところでこの式の両辺の「単位」は何だろう」
長男「匹」
 私「そう。等式の両辺はいつも単位が同じになる。ここでは両辺とも「匹」という単位だ。
   じゃあ『鶴の足と亀の足を合わせると8本』を式で表してみよう」
長男「ええ?だって鶴も亀もわかってないのに?」
 私「おーい。鶴が■匹のとき、鶴の足はわからないかな?」
長男「あ、さっきやった。■×2かな」
 私「そう。単位は?」
長男「本。■×2本」
 私「亀の足は?」
長男「●×4…本」
 私「そう。じゃあ、両方の足を足してみよう。それが8本になるんだよ」

    ■×2+●×4 = 8      …(2)

長男「ふう。これで終わり?」
 私「いやいや、ここから始まる。まず、(1)の両辺に2をかけてみよう」

    ■×2+●×2 = 6      …(3)

長男「うん。同じ数をかけたんだね」
 私「そう。両辺が等しいから、両辺に等しい数を掛けても、やっぱり等式は成り立つ。
   さてここで、(2)の両辺から(3)の両辺をそれぞれ引いてみよう。すると、こうなる」

    ■×0+●×2 = 8−6

 私「つまり…こうなる」

        ●×2 = 2

 私「これは解けるかな?●はいくらかな?」
長男「●は1だね」
 私「どうして?」
長男「だって、二倍したら2になる数って2だから」
 私「魔法の言葉を教えてあげよう。左辺と右辺をあわせて両辺という」
長男「またかい! それ、さっき聞いたよ」
 私「あなたが両辺という言葉を使わないからだよ。両辺を…」
長男「2で割る」
 私「そう、両辺を2で割ると、こうなる」

    ●×2÷2 = 2÷2
    ●     = 1
    
 私「ところで、●って何だっけ」
長男「亀の数?」
 私「そう、亀は1匹だ。あとは簡単。鶴は?」
長男「鶴は2匹だ」
 私「そうだね」
長男「やあ、なんてめんどうなの。すぐに鶴2匹ってわかったのに」
 私「そうだね、あなたは賢いから、頭で亀や鶴のことを想像すればすぐにわかる。
   でも大事なのは、(1)や(2)のような式をたててしまえば、
   もう亀や鶴のことを忘れてもいい、ってことだ」
長男「それで?」
 私「たとえば、
   『鶴と亀があわせて77747匹います。足の数は合わせて219924本です。鶴は何匹いますか』
   という問題を考えてみよう」
長男「ひゃあ!」
 私「こんなにたくさんの数になると想像することは難しい。
   でも、式をたてて、それを解くことはできる」
長男「ふうん。よくわかんなーい」
 私「まあ、いいよ。またいつか続きをお話しようね」
長男「うん!」

お父さんのノート:

両辺が等しいこと、 両辺に同じ操作をしてもまだ両辺は等しいことをメインに置こうと思って話していった。 賢い子は答えを直感的に求めてしまう。 でもその直感を、できるかぎり説明させる。 少ない語彙で説明させる。 できるだけ機械的な操作の連続に置き換えさせる。

方向ははっきりしている。 直感、あるいは知性を特定の問題を解くことに使うのではなく、 より一般的な解法を導くために使うことだ。 特にその解法が、機械的な操作の列に変換できれば最高だ。 なぜなら、そこまで解法を磨き上げることができたなら、 コンピュータという機械でその問題を解くことができるからだ。