あなたが、神さまなのですね

結城浩

「僕」の実感としての神さま。

神さまのことを書こうとするときに思い出すのは、病院のベッドだ。 20代前半のあるとき、ある事情があって、病院に入院していた。 情けない思いと自己嫌悪と将来への不安と…そういうものにひしゃげながら 僕はベッドに寝ていた。 まだ、僕はクリスチャンではなかった。

あるクリスチャンの方からはげましの電話があり、 そのとき聖書の言葉を読んでもらった。

 恐れるな。わたしはあなたとともにいる。
 たじろぐな。わたしがあなたの神だから。

 (イザヤ書41章10節)

僕は「ありがとうございます」と言いながら、泣いていた。 でもそれと同時に「わたしがあなたの神だから」という言葉に反発を感じていた。 「わたしが」の「が」にひっかかっていたのだ。その強さに。

でも、そのとき、僕は、僕の手に、誰かの手が添えられているのを感じた。 もちろん、僕のまわりには誰もいない。誰も見えない。 でも、僕は、僕の手を包み、しっかりと握り、支えてくれる手を感じた。 僕はそのとき思った。

「ああ、あなたが神さまなのですね」

ああ、あなたが、神さまなのですね。

あなたは本当にいらしたのですね。

神さまは、 僕の弱さや情けなさや傲慢さを責めるのではなく、 ただ、その御手をもって僕を包み、支えてくださったのだった。

これが「僕」の実感としての神さまです。

あのとき出会った神さまについて詳しく知るのは また後のこととなります。

(1997年11月13日の日記から)

豊かな人生のための四つの法則