長男との多次元の対話

結城浩

2004年1月26日

長男「クイズ出して!地理か歴史か数学の問題。」

私「数の集合を考える。そこから数を取り出して計算をする。結果がやっぱり同じ集合の中に入っているとしよう。」

長男「ふんふん。」

私「そのとき、その数の集合は、その計算に関して「閉じている」という。」

長男「え、えええ? 何を言っているかわかんない。」

私「では、具体的にやろう。自然数って知ってる?」

長男「全部の数でしょ?」

私「へ? いや、違うよ。1以上の整数を自然数という。Natural Number.」

長男「0は入らないの?」

私「それはとてもよい質問。0を入れるときもあるけれど、通常は入れない。」

私「いま、自然数の集合から2つの数を取り出す。その2つは同じでもよい。」

長男「ふんふん。」

私「そして足し算をする。その結果はどうなる?」

長男「整数になる。」

私「整数? まあ整数だけれど、自然数+自然数は自然数になるかな?」

長男「ええと。うん。なるよ。」

私「だから、自然数は足し算に関して「閉じている」という。」

長男「ふんふん。」

私「ところで、自然数全体になるかな?」

長男「え?」

私「自然数+自然数の結果は自然数全体になりうるかな?」

長男「うーんと。いや。ならない(きっぱり)。」

私「どうして?」

長男「だって、1にはならないもん。」

私「そうだね。1がcounter example。」

長男「反例だね。」

私「そうそう。よく覚えているね。」

○ ○ ○

私「では、次に引き算を考えてみよう。自然数は引き算に関して閉じているか?」

長男「閉じて…いない!」

私「なぜかな?」

長男「え、だって1-1は0でしょ?」

私「そう。1-1は0、そして0は自然数ではない。だから自然数は引き算に関して閉じていない。」

長男「ふむ。」

私「ではね、ここで数を追加しよう。数の拡張だ。自然数に0と負の整数を加えて、整数を考える。整数は足し算に関して閉じているね。引き算に関しては閉じているかな?」

長男「今度は整数なんだね。ええと…うん、閉じている。」

私「早いな。その通り。整数は足し算と引き算に関して閉じている。お父さんは次に何を聞くと思う?」

長男「割り算かな。」

私「違う。掛け算でした。整数は掛け算に関して閉じているかな?」

長男「うん。閉じているよ。」

私「ゼロを考えてもそうかな?」

長男「え? …うん。そう。ゼロをかけるとゼロだけれど、ゼロは整数だもん。」

私「そうだね。では、次は割り算だ。整数は割り算に関して閉じているかな?」

長男「いや、閉じていないよ。ゼロで割ったら数じゃなくなる。」

私「ふむ。そうだね。では、ゼロで割るのは除外することにする。整数はゼロ以外の整数による割り算に関して閉じているかな?」

長男「閉じて…いや、閉じていない。分数があるもん。」

私「そうだね。1割る2は2分の1。整数にならない。ではここで少し整理しよう。自然数は引き算に関して閉じていなかった。だからゼロ以下の整数を含めて数を広げた。」

長男「ふん。」

私「次に、整数はゼロ以外の割り算に関して閉じていない。だからここで数を…」

長男「数を足したいんだね。」

私「その通り。どんな数を加えたら、割り算に関して閉じるようになるだろう。」

長男「分数と小数かな。」

私「うん、分数はよいね。でも小数はどうかな。」

長男「だって、無理数とか、あるんでしょ。」

私「よく知っているけれど、ちょっと先を急ぎすぎだね。うーんと、無理数ってどんなものかな。」

長男「あのね、数が無限に続くやつ。0.33333…とか。」

私「違う、違う。0.33333…は無理数じゃないよ。繰り返しがあるものは無理数ではない。」

長男「え?違うの?」

私「違う。0.33333…は1/3に等しい。繰り返しがあると分数で書ける。√2や、πなどは無理数だ。」

長男「ふうん。0.33333…は無理数じゃないんだ。」

私「そう。話を戻すと、整数に分数を加えた数の集合は「有理数」という(まあ、整数は1を分母にした分数と考えてもよいけれど)。有理数は、ゼロ以外の割り算に関して閉じている。」

長男「ふむふむ。」

私「先を少し急ぐと、方程式を解けるようにするために、さらに数を拡張して、実数や複素数を作ることができる。」

長男「自然数、整数、有理数、それに無理数を加えて…なんだっけ。」

私「実数。」

長男「実数。それから複素数だね。」

○ ○ ○

私「ところで、複素数は平面上の点に対応させることができる。」

長男「あ、そうだね。」

私「x軸を実数の軸、y軸を虚数の軸と考えればよい。」

長男「この世界は三次元なんだよね。縦横高さ。」

私「その通り…うーん、まあね。」

長男「四次元ってどう考えたらいいの?」

私「たとえば時間に対応させてみると考えやすいかも。つまりは地理に歴史を加えるようなものだ。地球上の一点は緯度と経度と高度で示せる。三つの数字で三次元。それに時間を加えてみよう。」

長男「時間を加える?」

私「そう。同じ地球上の一点でも、現在と江戸時代では時空間上は異なる点だ。時空間の中で一点を指定するには、緯度・経度・高度・時間の四つの数字がいる。これが四次元。」

長男「五次元は?」

私「具体的なこの世に関係付けなくてもいい。5個の数字で一点が指定できるようなものを頭の中で考えればいいんだよ。」

長男「うーん。でもよくわかんないよ。」

私「まあ無理やり関係付けてみようか。時空間上の一点に「明るさ」を加えてみてもよい。「色」でもよいよ。時空間の一点を決めておいて、明るさが違うという状況を考える。つまりは、まったく同じ点を指定するためにいくつ(独立な)数が必要なのか、がポイントなんだ。それが次元。」

長男「三次元は縦横高さの三つなんだね。二次元の平面だと縦横二つ。」

私「そう。でもたとえば、二次元の平面のとき、縦横でなくてもよいんだよ。たとえばある点からの距離と角度(偏角)の二個でもよい。それで平面の点すべてが指定できる。」

長男「え、ほんと? …うん、そうかな。」

私「数を変化させたときに、その空間で点がどんな形を描くかを考えるととても面白いよ。点を指定して、そこから一定の距離にある点を考える。距離を保ったまま、平面上でぐるりとまわすと円になるね。」

長男「あのね、あのね、 スクイークでいろいろやったけれど、スクリプトみたいに、点に何かを言葉で指定して、いろいろ作れたらよいね。」

私「(絶句する)」

長男「マウスじゃなく言葉で描く。パッと点を決めると、スクイークのハロみたいなのが出てきたりして。」

私「うん、うん! それはすごいよ。それはじっくり考える価値のある問題だよ。」

長男「ふふ。」