大学にいる間に、生き方の指針をつかまえよう

結城浩

以下、家内から聞いた話。 以下の「私」は家内のことです。

私は、大学に入ったとき、こう考えた。 「ここで少しばかり知識を身につけたところでたかが知れている。 私は大学にいる間に、自分の一生の生き方の指針をしっかりとつかまえよう」 大学に入ってから、私は、三浦綾子さんなどの本を繰り返し読んだ。 受験中は「大学に入ったら読もう」と考えていたのだ。 そして教会に行くようになった。

私、今は結構いいかげんだけれど、あの時の判断は間違っていなかった。 あの時、ちゃんと本物をつかまえたから、今、こうして幸せなんだと思う。

「同じ山の頂上まで行くのでも、いろんな道がある」とか言って、 キリスト教と他の宗教をごちゃまぜにしたり、 どんな宗教でも大差ないと主張する人がいるけれど、私はそうは思わない。 そういうあいまいな言葉に惑わされず、きちんと選んで、本当によかった。

もちろん世の中には「AとBとどちらでもかまわない」ということがらもたくさんある。 でも、信仰はそうではない。 自分の生き方の核になる信仰を、 大学にいる間に得ることができてよかった。

以下、結城:

確かに、信仰が結婚みたいなものだとすれば、 「どちらでもかまわない」ということはないなあ。

念のため書いておくけれど、 他の人がどう考えているか、というのはこの際あまり重要ではない。 他の人には他の人の人生があるわけですから。 大事なことは、他ならぬ「わたし」のことなのだ。

信仰は強制ではないから、他の人に自分の信仰を押し付けることはできない。 けれど、自分の信仰――という言葉に抵抗があるなら「自分が人生をどのように生きていくか、という指針」でもいいけれど――は、 自分でよくよく考える必要があることですね。

―― わたしは、いったい、どのように生きていけばいいのだろう ――  これはとても大切な問いです。

大学時代は、確かに勉強も大切。 でも、人生の方向性を決める重要な時でもある。 いや、大学時代に限らない。 いつでも、重要な時なのかも。

(2002年6月27日の日記から)

豊かな人生のための四つの法則