私を私が値踏みするなんてできない

結城浩

読者からお手紙をいただきました。 以下、許可を得て引用いたします。

先日教会でこんな説教を聴きました。 「神様の人事というのは、その人の先をみて行われます。 イエス様が祈りに祈って選び出された 使徒だって『なんであんな奴らが』と周りからは思われるような 顔ぶれだったのではないでしょうか。」

私を私が値踏みすることなどできないと、 そのとき思ったのでした。 神様は私の将来の何に目をとめてくださっているんだろう。 わからないけど、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

すばらしいメッセージをありがとうございます。

確かに、つい「私はこういう人間だから」「私はこういう能力しかないから」などと 自分で自分を値踏み・評価してしまうことってありますよね。 でも、人間の視点と神さまの視点は違う。 神さまはなんとすばらしい方でしょう。

自分で自分を過小評価・過大評価するのではなく、 自分を決め付けるのではなく、 神さまに委ねて、神さまに期待して、 生きる人生は何と大きな祝福に満ちたものになるでしょう!

神さまが用いられるとき、土の器でもすばらしい役割を果たすでしょう。

限られた人生、限られた時間を本当の意味で生かすために、 イエスさまを信じる信仰をほんとうに大切にしたいですね。

フィードバックをありがとうございます。

(2003年6月28日の日記から)

豊かな人生のための四つの法則