「にもかかわらず」の愛

結城浩

神さまは、私たちの願いをその通りの形でかなえてくださるとは限らない。
しかし、それにもかかわらず、神さまに願うべきだ、と思う。
私たちは、神さまの基準から見たら正しい存在だとはとうてい言えない。
しかし、それにもかかわらず、神さまは私たちを愛していてくださる。

失望(じぶんがのぞんでいたものが えられなかった)
落胆(がっかりして おちこんでしまう)
無力感(じぶんには なにもできないのだ)
不安(いったい なにをどうしたらよいのだろう)
苦悩(なやみが くるしくてたまらない)
悲嘆(かなしみや なげきで こころがいっぱいだ)
こういったものは、私たちの生活を絶え間なく襲ってくる。

しかし、しかし、それにもかかわらず、神さまを信じよう。
イエスキリストの御名をほめたたえよう。

自分の今の状況は、
他の人の目にはくだらなく・つまらなく・ちょっとしたことのように見えるが、
自分の今の状況というのはいつでも自分には大きく・重い状況なのだ。
しかし、それにもかかわらず、いや、かえって、自分の今の状況のゆえに
神さまの栄光をほめたたえよう。

自分の今の状況と切り離した順風満帆なところに自分の人生があるのではない。

自分が、今、立っている場所こそ、神さまを見上げるための場所なのだ。

todayとprayは韻を踏む。

(1999年4月7日の日記から)

豊かな人生のための四つの法則