愚かな問いを恐れてはいけない

結城浩

2002年6月24日

愚かな問い――他人から見たら自分がまるで馬鹿に見えるような問い――をすることを恐れてはいけません。

ニコデモがイエスさまに聞きました。ええっ「新しく生まれる」ですって? 「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。 もう一度、母の胎にはいって生まれることができましょうか。」

ニコデモとイエスさまの間に一連のやりとりがあってのち、 イエスさまは、素晴らしいお答えをなさいました。

人の子(イエスさまのこと)もまた上げられなければなりません。 それは信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです (ヨハネ3:14, 15より)

そして聖書は、このイエスさまの言葉に続いて 聖書全体の要約、福音全体の要約とでも言うべき言葉を記しています。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。 それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、 永遠のいのちを持つためである。 (ヨハネ3:16)

愚かに見えるような問いであっても、 神さまはその機会をも捕らえ、素晴らしい答えを返してくださる。

今日の自分の問いかけは、誰から、どんな答えを引き出すのだろう。