三位一体

結城浩

キリスト教の「三位一体」というのは、 聖書の神さまはお一人だが、三つの位格からなっている、 という教義で、すごくおおざっぱにいえば、次のようになります。

ここで大事なのは「そのようなお方」が、 そもそも「自分」とどういう関係にあるのか、という点です。

聖書の神さまは私たちと無関係ではありません。 それどころか…。

私たちの存在の基盤であるこの宇宙、私たちの命は、父なる神さまが作られたものです。 それは聖書の「創世記」に詳しく書かれています。

しかし私たちは(自分を振り返っても、聖書の歴史を読んでみてもわかるように)神を忘れ、愛を忘れ、 自分勝手、自己中心に生きてしまいます(ですよね)。 そのような神を忘れた振る舞いは「死」という報いを受けることが聖書に書かれています。

けれど、神さまは自分がお創りになった人間(私たちのこと)をとても愛していたので、 子なるイエスさまをこの世に送られました(このお祝いがクリスマスですね)。 何のために? イエスさまが、私たちの「死」という報いの「身代わり」になるためです。 そしてイエスさまは私たちの身代わりとして十字架の上で死にました。 イエスさまご本人がなしとげたことは、私たちの「いのち」に関わることです。 聖書には、私たちがイエスさまを信じることで「義とされる(神さまの前で正しいものと見なされる)」と書かれているからです。 イエスさまはその後、死から復活なさり、天に昇られました。

聖霊さまは、天から来られました(これがペンテコステですね)。 そして教会を立て上げ、 現在の私たちが互いに愛しあい、信仰をもち、 神さまの意志に従う生活ができるようにしてくださいます。

つまり、聖書に書かれている神さまは、 最初から最後まで、私たちのことを愛し、愛し、愛し続けておられる方です。 神さまは、私たちをそもそも存在させてくださいました。 イエスさまは、自己中心で神をないがしろにする私たちを救うために自分の命を投げ出しました。 そして聖霊さまは、現在の私たちに必要なものを与えてくださいます。

キリスト教は「宗教」ではなく「関係」であるとよく言われるのはこのゆえです。 聖書の神さまの愛に気づき、神さまとの愛の関係を回復し・大事にすること。 そして神さまの助けにより、私たちの互いの愛の関係も回復されていく。

これらすべてが聖書に書かれていることです。 ぜひ、本の中の本、"The Book" と呼ばれる聖書をお読みください。

(2003年1月22日の日記から)

豊かな人生のための四つの法則