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3つ目のパターンを誠意執筆中。 たぶん、もうすぐ、レビューアに送付できる、はず。
以下、ライティング・ハイになって書いている文章。
マルチスレッドのプログラミングって、パズルみたいでとっても面白い。 「スレッドが1つ」というのが「2つ以上」になっただけで、 どうしてこんなに複雑で難しくなるんだろう。驚くばかりだ。 マルチスレッドって、オブジェクト指向と似ていて、 面白いんだけれど、つかみどころがないような、どこかぼんやりしたようなイメージがある。 けれど。 登場する1つ1つの概念をていねいに解きほぐす。 具体的なプログラムを手がかりに、きちんと整理しなおす。 そうやっているうちに、 心の中にぼんやりと描いていたイメージが焦点を結び、 「なるほど、そういうことか!」 という瞬間が訪れる。エウレカ!の瞬間である。
もちろん、そういうのは、 自然科学の新発見や、新しい定理の証明などとは異なる。 マルチスレッドという仕組みは、 賢い人たちによって生み出され、すでに構築されたものだ。 つまり、本当の意味で何か大発見をしているわけでは、ない。 けれど、けれども、そんなことはどうでもいい。 いままで、自分がわからなかったことが「わかる」という瞬間はとても甘美なものだ。 おまじないのように「理屈はわからないけれど、こうする」というのではなく、 「あっちがああなっているから、こうするのだ」と判断できたときの喜びは大きい。
「本を書く」というのは「教える」ということだ。 そして「教える」ためには、教える側がまず理解していなければならない。 本当に理解したとき、そこには大きな喜びがある。 教える側はその大きな喜びを伝える義務がある。
喜びつつ教える。
喜びつつ本を書く。
学ぶ人に理解してもらうために。
読む人に喜びを伝えるために。
(2001年10月12日の日記から)