20代のプログラム、30代のプログラム

いまを生きる

結城浩

こんばんは。結城です。
東京は、先日からちょっと肌寒い天気が続いています。
あなたは、いかがお過ごしですか。

今日の土曜日は、朝からずっとプログラムを書いたり
ドキュメントを書いたり、『Java言語プログラミングレッスン』(下)の
校正をしたりして過ごしていました。
もはや何が気分転換か、何が仕事か、何が遊びか、
よくわかんなくなっています。(^_^;
ずっとタイプをしているので、
左手がまたちょっぴり痛くなってきました。ふみぃ…。

ええと、いまは気分転換(^_^)として、このお手紙を書いています。
いま、家内と息子は実家に帰っているので、
私は一人で過ごしています。
部屋の中は散らかり放題(ってほどでもないかな)ですが、
まあ元気に過ごしています。

ふむ…。

私はいま35歳ですけれど、あまり35歳という気分はしなくて、
20代のような感じでいます…っていうか、
あまり年齢を意識しないで過ごしています。
感謝なことです。

そういえば「プログラマ35歳定年説」とかいうものがありましたね。
40歳だったかな? まあどうでもいいですが(^_^)
私はプログラムを書いて生計をたてているので、
「プログラマ」と言っていいと思います。
でも、まだ定年になる感じはしません。

もちろん、
20歳の頃の自分とはずいぶんプログラムの書き方が変わった
ように思います。文章が変わったのと同じですね。
昔は、どんなプログラムを書いていたかというと、
ひとりぼっちのきりきりしたプログラムを書いていました。
非常に神経質で、あやうい均衡の上に成り立っているような、
そんなプログラムを書いて楽しんでいました。

あ、でもそれは会社に入る前、
一人でプログラムを書いていたころの話だな。
会社に入ってからは、もうちょっと人の目を意識した
(というか人に読まれることを意識した)
プログラムを書くようになりました。
具体的に言えば、プログラムのコメント(注釈)に配慮し、
関数の名前や、変数の名前などにも心配りするようになりました。

最近はどうかな。
最近は、よく言えばおおらか、悪く言えばいいかげんになりましたね。
「まあ、動けばいいか」的に構えているところがどこかあります。
以前は、絶対に正しく動くプログラムを書こうとしていたのですが、
最近は、いろんなミスが起こっても、いろんなところでキャッチできる
ような、fool proof的なプログラムを書いているみたいです。
安全側に倒すようになってきているのですね。

プログラミングというのは、
本当に文章を書くことと似ていると思います。
そして文章を書くことは、
自分のいろんな本性があらわにされるようにも思うのです。

話はそれますが(って、はじめからそれまくっているんですが)、
私はとても自己肯定が強いように思います。
クリスチャンになってからとみにその傾向が強くなっている。
自己肯定的で、自己受容的で、でも固執しているわけでもなくって…。
ああ、お気楽な性格なのかもしれません。
もっと他者受容の度合いが強くなるといいなあ。

明日は礼拝です。礼拝に行くのはとても楽しみ。
両手をあげて神さまを賛美する歌を歌って、
悪いところを全部悔い改めてお祈りして、
心を開いて、聖霊さまを心の内にお迎えして、
きれいにきよめていただいて、
新しい力をいただいて、自分の必要を祈って、
いろんな誘惑から守られるように祈って、
まだイエスさまの救いを知らない方のために祈って、
牧師先生を通して神さまの言葉である聖書のお話を聞き、
ともかく、神さまとの交わりの中で喜びに満たされるひととき。
楽しみ楽しみ。

おっとっと、また自分のことばかりながながと書いてしまいました。
あなたはいかがお過ごしですか。
体調の方はいかがですか。
寒くなったり、どんよりした天気だったりしますが、
体調も、それから気持ちも守られますように。

いまあなたが向かっている問題が何かあるならば、
神さまのよき導きの中で、本当によい解決が与えられますように。
(たとえそれがどんなに大きなものでも、
 神さまに解決できないことはありませんから)
忙しいときには休息が、孤独のときには慰めが、
イエスさまによって与えられますように。
心からお祈りいたします。

いつも、つたない私の文章を読んでくださってありがとうございます。
それでは、きょうはこのへんで。
またお手紙書きますね。

お時間がありましたら、あなたの様子も教えてくださいね。
あなたのお話を聞くのを、私はとても楽しみにしているのです。

それでは、おやすみなさい。

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