和野橋

Kazunobashi

結城浩

僕が幼稚園に行っていた頃、和野川には三本の橋がかかっていた。 也屋橋(なりやばし)、和野橋(かずのばし)、十日橋(とうかばし)という名前だ。 和野橋と十日橋の間には夜見橋(よるみばし)があったのだが、 一昨年前に流されてしまった。 今は三本しか橋はない。

僕の家からは和野橋が一番近かった。 家の前の道に出ると、和野橋を見ることができた。 乾いた砂ぼこりの向こうに和野橋が見えた。

白くて太い丸太を並べ、 ぎっちりと縄でくくった上に砂利をしき、 その上に板を渡したのが和野橋だった。 荷台に何も乗っていない緑色の三輪トラックが その上を通ると、 和野橋の両端から石がころがりおちて 和野川に落ちていった。

和野橋の水は、真夏には干上がってしまう。 和野橋の上から下をのぞき込むと、 黒い水が細く流れていく。

也屋橋、和野橋、十日橋を僕は「三つ橋」と呼んでいた。 けれどもこの呼び名は僕しか知らない。 夜、ふとんに入って眠るとき、 僕は和野川にかかっている三つ橋のことを考える。 三つ橋の下の水の流れを考える。 そして眠る。

白いゴムのついた黄色い帽子をかぶり、 水色の園児服を来て、僕は毎朝幼稚園に一人で通う。 幼稚園は和野橋をわたった向こうにある。 僕は毎朝、和野橋の上から和野川を見る。

庭の紅葉が赤くなるにつれ、 台風の予感とともに和野川の水嵩が増してくる。

その日は朝から雨が降っていた。 幼稚園に出かける前のテレビは、 台風の接近を伝えていた。

僕は和野橋の上に立ち、 いつものように和野川を見る。 おとといまでは川原の茂みが見えていたのに、 もう濁流の下に隠れている。 黒い水が泡を吹きながらうねり、 足元を過ぎていく。 キューピーが入った木箱が流れていく。

見ていると流れているのは水ではなく、 僕が乗っている橋の方ではないかと思われた。 僕が乗っている橋が船となり、僕は舳先に立っていた。 このまま水嵩が増すと、夜見橋がくずれたときと同じように、 自分の乗っているこの橋も崩れるのではないか。 足が震えた。

台風が近づき、川の水嵩も増しているときに、 なぜ幼稚園に行かなくてはならないか、それはよくわからなかった。 今思い出そうとしてもよくわからない。 僕の記憶の中では、 ただ和野川の黒い水だけが渦を巻いている。

(1996年5月)