第8回 解答編

文章教室

結城浩

目次

はじめに

こんにちは、結城です。

今回、「どんどん書いた文章」のほうにはコメントしません。 これは各人の「舞台裏」ですから。コメントは基本的に校正後の文章に対してつけるようにします。

それから、今回は、 コメントをつけるのが難しい内容の文章がいくつかありました。 でも、なんとかがんばってコメントをつけてみました。 もしも気分を害されたらごめんなさい。

では、みなさんからの投稿を読んでいきましょう。

練習

【書いてみましょう】 以下の(A)と(B)の両方を投稿してください。

(A) どんどん書いた文章

私は毎日、」という書き出しの後、思いつくまま、どんどん文章を書いてください。 文章のねじれや、無用な繰り返し、おかしな文字などを気にせず、 話題がそれてもかまわず、読み返さず、思いつくまま何でも、書き続けてください。 体言止めでも会話文でもかまいません。形式を気にせず、思いついたことをとにかく書きます。 目安としては10〜15分程度書き続けますが、時間にこだわる必要はあまりありません。 読み返さず、どんどん書くことがポイントです。 書いて書いて書き続けて、もう何にも思いつかなくなったところでやめます。 この文章を(A)とします。 これ以降、(A)を修正してはいけません。

(B) 読み返して校正した文章

(A)をコピー&ペーストして、新しい文章の土台とします。 その土台を読み返し、 段落をつけたり、文章のねじれを直したり、誤字脱字を整理したり、 具体例をふくらませたり、無駄を削ったりして、 何らかのまとまりを持ち、読みやすくなるように校正してください。 何度も読み返して、少しでもわかりやすくなるように努力します。 削るときには思い切って削ります。必要なら好きなだけ加筆します。 こうやってできた校正後の文章を(B)とします。 (B)を作っているうちに(A)を修正したくなりがちですが、(A)は修正しないでください。

結城浩の解答

(A)

私は毎日、文章を書いて生活している。生活の中で自然に考えることが いろいろあって、それをそのまま考えるままに文章にするのが好きだ。 なぜだろうか。考えるままに文章を書くとき、それは誰かと話をしている からかもしれない。話が好きな人は多い。おしゃべりするのが嫌いな人は いない、しかも、相手は自分の話をさえぎったりしない、文句いったりも しない、文章を書いているとき、「相手」はじっと私の言うことを きいてくれる。これが楽しくないわけはないのだ。

(1分)

(B)

私は毎日、文章を書いている。 文章を書くのはとても楽しい。 どうして楽しいのか、考えてみよう。

私は、誰かに話しかけるような気持ちで文章を書く。 自分が考えていることを、おしゃべりするように書いていくのだ。

でも、もちろん話し相手が実際に目の前にいるわけではない。 だから、反論されることもないし、話をさえぎられることもない。 ひたすら、自分の好きなことを自分のペースで話し続けることができる。

なるほど。文章を書くのが楽しいはずだ。

(3分)

員子ロバートショウさんの解答

(A)

私は毎日 イーメイルを読み、返事をしてから麻ご飯を食べる。以前は朝起きると先ず顔を洗って朝ご飯を食べていたが今では顔を洗ったらすぐコンピューターの前に座る。 誰から今日はイーメイルが着てるかな?と思うとコンピューターの前に座るのが楽しみだ。 以前は郵便箱に誰から手紙がきているかなと思っていたこともある。でも仕事屋家族で忙しくなり筆不精になった生で、クリスマスカードを除いては最近では誰からもほとんど手紙を受け取ることはなくなった。行ってみれば自分に責任があるのだが、 どうも手紙を書くのはめんどくさい。何せ郵便局に行くといつもすごい列が並んでいる。 30ぷんモ並んで手紙を1枚か2枚日本に送るのはどうもめんどくさい。 それでクリスマスカードだけを出すようになったのだがそのクリスマスカードもここ2年と出してしまったおかげで、送ってくださる方の数がぐんと減った。 その添イーメイルは便利だ。わざわざ切手を買わなくてもいいし、国際便でも重さを図ったり、列に並ばなくてもいい。 極端に言えば、服を着替えなくても遅れる。パジャマ姿で、ただタイプするだけでイーメイルが遅れる。電話より安い。 でも私の従妹は決して私にイーメイルで返事をしてくれない。彼女は書道がとても上手で家で公文ペン字と習字教室を開いている人だ。 私がイーメイルを出すと1週間くらいして、葉書に毛筆で書いた、彼女の手紙が届く。 海外に住んでいる私にとっては、確かに達筆でかかれた手紙は立派だと思うが、急いで返事が欲しいときはどうもいらいらしてくる。 テクノロジーはとかく怠けたい人には最適であるが、彼女のように美を追求する人には、悪と思われるのかもしれない。

(B)

私は毎日イーメイルを読むのが楽しみだ。以前は起きると先ず顔を洗って朝ご飯を食べていたが、最近ではご飯も食べずにコンピューターの前に座る。 「一体誰からイーメイルが来ているかな?」と期待で胸がわくわくする。

昔は郵便箱を開けるのが楽しみだった。ところが仕事がいそがしくなり、 子育てに終われ、知らず知らずに筆不精になったおかげで、私に手紙を書いてくれる人の数はぐんと減った。 毎年こまめに出していたクリスマスのニューズレターもここ2年出していない。 自業自得なのだが、心の中では寂しい。 かといっていちいち手紙を書くのは本当にめんどくさい。郵便局ではすごい列が並んでいる。 30分も並んで1―2枚の手紙を日本に送るのは時間の無駄に思える。その点イーメイルは便利だ。わざわざ切手を買わなくてもいいし、 国際便でも重さを計ったり列に並ぶ必要がない。家に一台しかコンピューターが無かったころは娘と競うようにして使っていたが、 今ではコンピューターを一人一台ずつ用意してある。 コンピューターを使う時、きちんとした格好をしなくてもいい。 極端に言えば、パジャマ姿でイーメイルが送れる。しかも電話より安い値段だ。 こんな私にとってイーメイルは天からの贈り物のような発明だ。

でもこのテクノロジーを嫌う人もいる。例えば、同い年の従妹は決してイーメイルで返事をしてくれない。 書道がとても上手で公文ペン字・習字教室を開いている人だ。 私がイーメイルを送ると1週間くらいたって毛筆で書いた美しい手紙が届く。 海外に住んでいる私にとっては、確かに達筆でかかれた手紙は立派だと思うが、急いで返事が欲しいときはいらいらしてくる。 テクノロジーは私のように怠けたいと思っている人には最適であるが、従妹のように美を追求する人には、悪と感じるのかもしれない。

員子ロバートショウさんから

なかなか指示に従って書くのはとても難しいのですが、今回は自由課題なのでチャレンジしてみることにしました。 気をつけて時計を見ていなかったので正確にはわかりませんが約3時間ぐらいかかりました。 日本語を書くチャンスが与えられ感謝です。

結城のコメント

ちゃいちゃんパパさんの解答

(A)

私は毎日、一生懸命生きています。 一生懸命過ぎて疲れてしまうことも多々あります。 とにかく、亡くなった娘の分まで一生懸命生きていきたいです。 一生懸命に生きていてもやはり、いろいろと生活していく上で問題が出てきます。 いままでは、いかに上手くしのげるかという生き方でしたが、 今は、真正面からぶつかり、順調な試練と受け取るようになりました。 まさに、一生懸命に生きるということは、生きがいがあるってことです。 これは、娘からのプレゼントだと思っています。ちゃいちゃん、ありがとう...。

(B)

私は毎日、一生懸命に生きています。 一生懸命過ぎて疲れてしまうことも多々ありますが、 とにかく、亡くなった娘の分までも一生懸命に生きて行きたいです。

しかし、一生懸命に生きていても、生活をしていく上で、やはりいろいろと問題が出てきます。 今までは、それをいかに上手くしのげるかという生き方でしたが、 今は、真正面からぶつかり、順調な試練として受け取ることが出来るようになりました。 まさに、一生懸命に生きるということは、「生きがい」があるということだと思います。 この「生きがい」は、娘からのプレゼントであり、また、逆に娘への一番の供養だと思っています。

パパ頑張るよ! ちゃいちゃん、ありがとう...。

結城のコメント

きりこさんの解答

(A)

 私は大きな夢?希望を持っています。今友人と二人でそれを立ち上げようとしています。 それは市民を動かしてみんなで作るのです。岡山の人間はのりが悪いと言われているけど、 どこまで共感を呼ぶことができるか、わかりません。どんなことをするかというと、 自宅療養をなさっている方、看護をなさっている方、入院しておられる方、 それらにかかわっている病院スタッフ、ご家族の方々の憩いの場をつくることで す。今まだ何もないので、新聞発行から初めて、紙面の上でいろんな思いを載せて、 自分一人ではないということが確認でき、少しでも気持ちが楽になれば、と思います。 そうして、会員が増え経済的に余力ができれば、みんなで集まる場ができればと思います。 何時間か一緒にすごして、また自分の生活の場へ戻る。またそれぞれの喜び、 悲しみ、苦しみを背負って集まり、重荷をおろし分かちあって戻っていく。そこには 弱者も強者もありません。みんなが同じで補えあっていけたならと考えます。 一人一人の力は0に等しいですが、集まればきっと何かが生まれるという夢があります。

(B)

今友人と二人でそれを立ち上げようとしている大きな夢?希望を持っています。

自宅療養をなさっている方、看護をなさっている方、入院しておられる方、 それらにかかわっている病院スタッフ、ご家族の方々の憩いの場をつくることです。 今まだ無に等しいものですが、新聞発行から初めて、紙面の上でいろんな思いを載せ、 少しでも気持ちが楽になれば、と思います。そうして、会員が増え経済的に余力ができれば、 みんなで集まる場をつくり、何時間か一緒にすごして、それぞれの喜び、悲しみ、 苦しみを背負って集まり、重荷をおろし分かちあって戻っていく。 またそこには弱者も強者もありません。みんなが同じで補えあっていけたならと考えます。

一人一人の力は0に等しいですが、集まればきっと何かが生まれるという夢があります。 どこまで共感を呼ぶことができるかわかりませんが、岡山市民みんなでできたらと思っています。

(60分くらい)

結城のコメント

なみかわみさきさんの解答

(A)

私は毎日、ほぼ毎日、いや休日とか家にいない時はそうでないけど、パソコンに向かっている。平日昼間の仕事でも物書きの仕事でも、 MDのタイトルを打つときでもやっぱりパソコンに向かっていると思う。 たいてい使っているソフトはMIFES(エディタ)で、あの濃紺に白字、それで\nは黄色、 FEPはATOKじゃなきゃおちつかない。MS-IMEはどうも慣れません。 だってATOKは6か7から使ってるしね。で、どんどん書いてるわけです。 タッチタイピングというか、中学時代からワープロでローマ字打ちをやってたおかげで、 我流ながらも画面を見ながらタイプできるようになった。 ていうかほんとのタッチタイピングと指使いもちょっと違ってるけど。 そのうえ、間違えたら<b>バックスペースをたたく方が早い</b>からそうやって打ってるから、 精度はあんまり高くないのです。それで、いろんなテキストをMIFESから生み出しているのだけれども、 それは会社で使う資料の下書きだったり、ホームページのコメントに書く言葉だったり、小説だったり、 あるいはPerlのソースだったりします。ええとここで5分くらい。ひたすら書いていると、 電話が鳴ったりとか、家でお湯わかしながら書いてたりするとやかんがピーって沸いて鳴るので手が止まりますけれども。 すごく集中して打ち出すと止まりません。いや小説書きの時は、 打っているよりも推敲の方に時間をかけていると思う。文章教室も物書きとしていつか挑戦しときたいなあって思ったのと、プロのプライドていうか、 文章を鍛えることとおもろい物語を作るのは違うって思ったりしてるのでなかなか参加の機会を持とうとしなかったのですがひたすら書いてみて 何かおもしろい経験ができたらいいのかなーとも考えたりする。 しかし文章を書くのに慣れてくると、ふつうに下書きしていても、 同じ言い回しが増えたら意図的に避けるように書いたりしちゃうのです。 たとえばこの文章中だと「思う」とか「ていうか」とかすでに4,5回くらい出てると思われ(思われる、と書いたけど^Hをかましてしまった)、 それを書き直しながら書いちゃったりします。ええとどんどん書いて、それで小説とかだと推敲ていうか、 もしそれが文字数制限のあるものだったらそれにおさまるように枝葉を落とす作業へ突入する。 アウトラインエディタがあると楽なのですけれども、ほんとに今回の課題みたいに、元の文章を一度打ち出して、 赤(朱ともいう)で校正入れて、書き直して、またプリントアウトして、 赤入れて、の繰り返し。やっぱり校正作業となると、画面で見るよりも打ち出してじっくり見るほうがよかったりする。 これはたぶん印刷プレビューで見るでも、PDFとかTeXのDVIで見るとかに主流が移っても、 僕はきっといつも一度は打ち出して見ていると思う。以前締め切りの迫った小説でも、 徹夜になるのをわかってて全部打ち出して読んだ。でないと見えないものがあるのだ。 ええとここで10分くらいです。けど、ネタが尽きてきたというかもっといろんな方向に飛ぶとほんといつまで書き続けるか分から ないのでやめときます。/e

(B)

私は文章を作成する時、パソコンのテキストエディタを使います。 小説だけではなく、録音したカセットテープやミニディスクのタイトルも、 ほとんどテキストエディタで書きます。 しかしこれは、私がキーボードで文字を打つということに慣れているからです。 鉛筆代わりにパソコンを使う、といったところでしょうか。

まだパソコンがすごく高かった頃から、ワープロ専用機でカシャカシャと キーを叩いていました。おかげで、文字入力はかなり速い方だと みなさんにほめられることもあります。でも、正確に打てているかといえば ちょっと苦笑いしてしまいます。 私はたぶん、みなさんが正確に5文字打ち込む間に、8文字打ち込んで、 3文字書き直しています。 ちゃんとタッチ・タイピングを修得されている方がすごくうらやましくも思います。

たしかに、パソコンを使って文書を作成することも便利ですが、 手を使って文書を校正することも大事です。 重要な文書を作るならば、必ず一度は印刷し、声に出して読み (声に出せなくても、読むようにしっかり見ます)、 おかしい箇所には、はっきりと赤色のペンで修正点を書きます。 修正した文書も、時間があるならば、やはり印刷して、 以前より良くなったかを確認します。私は作品に納得がいくまで 校正を繰り返すので、気がついたら徹夜していた、ということもよくあります。

パソコンはあくまでも鉛筆などと同じ「道具」であり、 使えば良い文章が書けるといった「魔法のペン」ではありません。 紙と鉛筆に慣れている方が、無理にパソコンの前に座っても、 良いものはまず書けないと思います。

#End of File

(A)を書くのに約10分、推敲とかして(B)になるのに1時間弱。 (ただし、これを書くことだけで1時間弱ではないです)

結城のコメント

なみかわみさきさんから:

こんにちは。おひさしぶりです。 はじめて投稿します。 以前からひそかに読んでいたのですが、挑戦してみました。 (いちおう)字を書いてお金をもらったりしているので、 「良い」文章を書くには、というのはすごく気になります。

僕も時々添削を依頼されることもありますが、内容が小説だと、 あまりつっこみをいれるとその人の個性まで傷つけてしまいかねないと 心配することもあるので、最低限「文章がつながっているか」とか 「誤字脱字がないか」とかのレベルにとどめています。

岩波文庫あたりで、「綴方教室」という本があったと思います。 そんな雰囲気がちょっとしていて、書いている時は楽しかったです。

お茶とかお華みたいに、文章をたしなむみたいに 楽しめたらいいですね。

それでは、また。

結城のコメント

halさんの解答

(A)

私は毎日、彼のことを考えている。今何をしているだろう、 どこにいるんだろう、私のことを思い出してくれるときはあるんだろうか。 好きで、好きで、どうしても振り向いて欲しかった。 どうすれば振り向いてくれるか必死に考えて、マニュアルも答えもないことに気づいて祈ろうと思った。 神様にすべてを聞いて頂いたあと「相手を思いやりなさい」という言葉が聞こえる。 相手を思いやる、という行為の具体的な行動は何だろうかと考え、それは今つらい思いをしている彼をそっとしておくことだという結論になる。 振り向いてくれるために何でもするという私に何もしないことが最良とはなんと悲しいのだろう。 しかしそれが思いやるということなのだろう。自分の悲しみとは関係ない。 もう一度神様に祈る。そして声が聞こえる。 「すべて私に委ねなさい。」 ああ、そうだった。

(B)

私は毎日、寝ても覚めても彼のことばかり考えていた。

今、どこにいるんだろう、何をしてるんだろう、私のこと 思い出してくれる時はあるだろうか?

彼は私を愛していない。

その事実がつらくてつらくて、 早く忘れることが一番とわかっているのにどうしても忘れたくなくて、 出口のない迷路を彷徨っているみたいだった。

疲れ果てた私は神様にすべてを聞いて頂く。 いささかわがままだと思えるようなことをお祈りしたあと、耳をすませる。 心に言葉が浮かぶ。

「相手を思いやりなさい。」

相手を思いやるとは、具体的にどんな行動をすることだろうかと考える。 今の私には、つらい思いをしている彼をそっとしておくことだとしか思えなかった。

このまま何もせず離れて行くことが、私にできる唯一のこととは何と悲しいのだろう。 でも今はそれが思いやるということなのだ。 自分が悲しくても相手が幸せならそれでいいのだ。

悲しみの中でまた神様に祈る。そして耳をすませる。

「すべて委ねなさい」

そうだった。神様はいつも私を愛して下さる。 どんな結果になっても、それが最良だと信じられる。

そして私は久しぶりに明るい気持で今日の朝を迎えた。

(1時間)

結城のコメント

Yasuさんの解答

「どんどん書いた」トピックセンテンス

私は毎日、コンピュータの利用について考えている。やはりこうするべきだと思う。

いろいろな問題があって、なかなか大変だ。

その理由はこうだ。

友達のA君のアプローチは違う。

自分だけが使うなら、このアプローチが重要だ。

しかし、コンピュータの利用について、他人に提供する立場としては良いとは思えない。

やはりこうするべきだ。

(A)

私は毎日、コンピュータの利用について考えている。どのようにコンピュータを使えば、 生産的になれるのか。ひいては、我々の生活が豊になるのか。 コンピュータは自由な道具であるので、基本的には個人の考えで使ってしまっていい。 しかしそのレベルに達するまでが難しいことも事実です。

やはりこうするべきだと思う。初心者のその後のレベルアップにも対応できるアプローチを考える必要がある。 そのためには、初心者がやめてしまわないように簡単であること。 その後のレベルアップを阻害しないこと。最終的に、コンピュータの能力を十分に発揮できる基礎を養成すること。

いろいろな問題があって、なかなか大変だ。簡単であることと2番目、3番目のバランスを取る必要がある。 その後のレベルアップを阻害しないということは、 利用者の最初の使い方を変えるということだ。これには、大変な労力がかかる。 最後にコンピュータの能力を十分に発揮するにはどのような知識が必要なのかが、不明。

その理由はこうだ。1は当然だ。簡単GUIなメーラーがあるのに、mailコマンドを使いたくない。 全てをCUIベースにする必要もない。しかし検索などではGUIよりもgrepコマンドなどを使ったパイプは非常に便利だ。 汎用的だ。賢い消費者にもなれる。要は適材適所だ。CUIもGUIも、簡単な方法も難しいほうほうも適材適所。 でもこれは言える。CUIや難しい方法を知っていないと適材適所もできないのだ。 2は、例えば最初のやり方が次のステップの妨害になるようなことだ。 MS-WORDなどを使うことによって、より高機能なエディタに移行できない。 3番目は、結局利用者が何をしたいかによって変わるが、 最終的にはコンピュータの基本であるデータとアルゴリズムについて精通するというのが最大公約数ではないか。

友達のA君のアプローチは違う。とりあえず動けばよい。よりエレガントな方法があっても、 今動いているなら手をつけない。困った時に手を加えるのだ。 彼はコンピュータのエキスパートなのはこのように困った時にやってしまうという努力によって培われた。

自分だけが使うなら、このアプローチが重要だ。しかし、コンピュータの利用について、他人に提供する立場としては良いとは思えない。

やはりこうするべきだ。1では、GUIは今や当然だから、CUIの基本的使い方を知ってもらおう。 使い方を教えるだけではだめで、本当に便利な所を実感してもらおう。 2では、われわれはアプリケーションが使うデータ形式について、真剣に考えよう。 いろいろな使い方が後々できるようにしよう。最低でもデータはテキスト形式である必要がある。 コンピュータの能力を十分に発揮するには、 プログラミングの知識が不可欠だ。ここでも本当に便利なことを知ってもらおう。 またプログラミングはそれ自体が楽しいので、それについても知ってもらおう。 メールとWEBブラウジングだけでは、コンピュータがもったいない。

(B)

私は毎日、コンピュータの利用方法について考えています。どのようにコンピュータを使えば、 利用者は生産的になれるのか、より便利になるのか。 コンピュータは様々なことができる道具です。だから、その使いみちや使い方は利用者が考えればいいとも言えます。

しかし、このレベルに達するにはかなりコンピュータに精通していなければならないのも事実です。 だから、私はどのようにコンピュータを使えば生産的になれるのかが分からない人に対して、 どのようなアドバイスをすればよいかを考えています。

コンピュータを使って生産的になるための私の考えは3つあります。

(1)CUIを使いこなせるようになる
(2)テキスト形式のデータになれ親しむ
(3)プログラミングにトライする

最初の(1)の理由は、CUIというものがコンピュータ=人間間のインターフェースだからです。 もちろん、GUIも重要なインターフェースですので、 GUIとCUIを使いこなせるようになるというのが正確です。しかし、 利用者はGUIを基本としたOSを利用しています。特別なトレーニングがなくても、利用者はGUIに慣れています。 だから、ここではCUI習得のみをあげています。

(2)の理由は、(1)のCUIを使うときに便利であるという他に、テキスト形式のデータの場合、 より生産的なコンピュータの利用を促進できるということです。 つまり最初の方法が非生産的であれば、そのデータを用いて次の方法を使うことができるわけです。 他方、バイナリ形式の場合、使用するアプリケーションソフトと密接に関係しているため、 より生産的なアプリケーションソフト(または、方法)に変更することを阻害してしまうのです。

最後の(3)の理由は、生産的な方法を自分で創造するために必要であるからです。 既存のアプリケーションでも達成できない場合でも、CUIのコマンドを使ったバッチ処理や、 新しいソフトを作ることができるようになります。

この3つの方法を実行に移すために注意しなければならないことがあります。

まず第1に、初心者にも簡単に使えるものにしておく必要があります。 全てを簡単に使えるものにするというのではありません。簡単なことは簡単にでき、 難しいことが効率良くできることが重要です。例えば、使い方が簡単なGUIのメーラーがあるのに、 mailコマンドの使用を強要してもうまくいくはずがありません。 しかし検索というような場合、GUIよりもgrepコマンドなどを使ったパイプ処理が非常に便利です。 便利なだけでなく、汎用的でもあります。このような状況を利用者に体験してもらい、 簡単なことと難しいことを区別できる能力を養ってもらう。 そして難しいことに対して、生産的な方法の有効性を実感してもらうことが肝心です。

第2には、使用するアプリケーションソフトの選択に注意してもらうということです。 そのソフトが使用するデータの保存形式がテキスト形式であることです。 もちろん、テキスト形式が絶対ではありません。グラフィックデータなどではバイナリ形式の方が効率的です。 少なくとも、テキストのデータを基本とするワープロや表計算ソフトなどではテキスト形式で保存できるものを選らぶべきです。

以上のコンピュータを使って生産的になる方法は、他人を説得するものというより、 自分自身を説得するものなのかもしれません。私自身、本当にどこまで生産的になれているか不安だからこそ、 コンピュータの利用方法を毎日考えているのかもしれません。

(1時間くらい)

Yasuさんから:

今回の「どんどん書いて、校正していく」というレッスンは、 私にとってとても有意義でした。この方法だけだと一貫性を出す時に大変だと思い、 最初にアウトラインを作りました。しかし、これは以前からやっていた方法でして、 これでは文章を書けないことは分かっていました。 私にとって、「アウトライン&どんどん書く&校正する」という方法は 革命的でした。ありがとうございます。 次の課題も楽しみにしています!

結城のコメント

匿名さんの解答

問題文を読んで考える(ほぼリアルタイム書記)

案 1
毎日何かしている話にしようか。
一日ひとつ、三日でみっつ。
三個食べて二個戻す。
一年で365。十年で3652。うるう年分も計算する。
一生分を合計してみる。
書店にある本の数と生涯可読数。
食べ物の量。
実はこんなにある、か、実はこんなに少ない、という話。
全然別のものとの比較。
別のものと比較することの無意味さ。

案 2
毎日を新聞名と考える。
私は毎日、妻は朝日、という感じ。
イデオロギー臭を排除すること。

案 3
一日わずか××円で式の論法で、巨大なものごとを分割してみる。
暗号強度の話。
理論的に可能、と、実際的に可能、の違い。
囲碁のゲーム木探索。
直感と総当り。

案 4
子供の成長のスピードの速さについて。
大人にはハイハイ→歩く、ほどのドラスティックな進歩がない。
これまでの人生の長さから計算できる「一日」の占める割合。
年を取ると年月が進むのが早く感じること。
楽しいときとつらいときの主観的な時間の長さ。
忘却による自己防衛。
相対性理論。
ドップラー効果。

案 5
「たいやきくん」のパロディ。
消費されるはずのものが「毎日」焼かれるおかしさ。
毎日同じことを繰り返すのが嫌かどうか。
仕事などで、完全に同じことであれば、機械がする仕事になるはず。
仕事の効率の話。
いわゆる「役所仕事」について。
たらいまわし。
再帰関数。
スタックオーバーフロー。
繰り返すことで上達することと慣れてしまうこと。
必要最低限の見極め。
理髪店の最後のちょきちょきと料理人の手際。

まとめ
このへんで15分経過。
参加者の中で同じようなことを書いている人が少なそうな「案 2」
でいくことにする。

(A) 1

私は毎日、妻は朝日、父は読売。家族全員、好みの新聞が違う。 以前は、季節ごとに順番に違う新聞を購読していたが、去年から全 紙を一度に購読することにした。ローテーション方式だと、連載物 などが途切れてしまうからだ。季節ごとに毎回景品がもらえる利点 はあったのだが。

いつもの朝。配達順路の関係で、読売、朝日、毎日、の順で配達 される。よくしたもので、新聞の順序と起床順序が同じ。まず父が 起き、すでに配達されている読売を取ってくる。[おもしろくない ので、ここでヤメ]

ある日、妻が朝日新聞を取らなくてもいい、といいだした。理由 を聞くと、マンガが変わったから、とのこと。なんじゃそりゃ。 [どうもおもしろくないので、ここでヤメ]

今度は一番オーソドックスな「案 1」にしてみる。 時間計測リセット。

(A) 2

私は毎日、お昼にアンパンを食べています。一日一個。三日で三 個。三個食べて二個戻す。うそです。さすがに昨日食べたものは戻 せません。

大学に入学した年からだから、今年でちょうど十年。戻した分も 合計すると(戻してないけど)、一年で365個。十年で3650個。ブー、 間違いです。四年に一度うるう年があるので、十年で3652個。モー ニング娘。に配ると、12人が281個、ひとりだけ280個。うーん、誰 に一個少なく配るか悩ましいなあ。まあ、誰にするかは配るときに 考えるとしよう。

3652個のアンパン。直径が12cmだから、並べると438m。1分で80m 歩く計算の不動産広告方式だと、徒歩6分。私の十年は、たった徒 歩6分ですか。なんとも悔しいので、タテに並べよう。高さ438m。 高いのか? 東京タワーの1.3倍。[ここでGoogleにて438mを検索] 広島市森林公園にある鷹ノ条山や新潟県にある鳥坂山展望台の高さ。 あー、なるほど鷹ノ条山ね、ってわかるかっ。高さといえば、やは り月との距離でしょう。438mといえば、月までの距離の100万分の1。 ……よけいわからないですね。

このへんで15分経過。 どんどん書き終了。

冷静に直せるように、時間をおく。 以下、練習(A)を書いた翌日の作業。

・構成を変更する
・数字表記を統一する
・主語を補う
・くどいところを簡潔に

といった作業ののち、以下になりました。

(B)

私は毎日、お昼にアンパンを食べています。1日1個。3日で3個。 3個食べて、2個戻す。うそです。さすがに昨日食べたものは戻せません。

お昼にアンパンを食べ始めたのは、大学に入学した年なので、 今年でちょうど10年。戻した分も合計すると(戻してないけど)、1年で365個。 つまり、10年で3,650個、と思ったあなた、残念でした。 うるう年があるので、10年で3,652個です。

3,652個のアンパン。直径が12cmだから、並べると438m。1分で80m歩く不動産広告方式で計算すると、 徒歩6分。駅近通勤至便。私の血のにじむような(にじんでないけど)10年は、たった徒歩6分ですか。 悔しいので、タテに並べてみることにしよう。えー、高さ438m。 おー、ちょうど広島市森林公園にある鷹ノ条山と同じ高さだ。 あー、なるほど鷹ノ条山ね、って、わかるかっ。高さの定番といえば、 地球と月の距離でしょう。距離をメートルに直して、割り算して。 出ました。アンパン3,652個は、地球と月の距離の877,626分の1です! ……よけいわからんよ。

もういいです。もっと有効なことに使います。そうだな、じゃあ、 10年分のアンパンをモーニング娘。に配ろう。12人に281個、 ひとりにだけ280個。うーん、誰に1個少なく配るか悩ましいなあ。 まあ、誰にするかは、本人たちの希望を聞いてから、ということで。じゃ。

案だし  約15分
(A)書き 約15分
(B)書き 約30分

結城のコメント

自由課題

【書いてみましょう】 あなた自身の「自己紹介文」を書いてください。

きりこさんの文章

今私はあるボランティアに属しています。あの人何ができるんだろう? と思われている方に、自分のことを少しお話ししましょう。

障害を持って生まれた私はいつも誰かに助けてもらって生きてきた。 そんな私でも自分の存在感を確かめたくて、子供達に、何もしなかった母親でなく、 きちんと生きていたよ。と言われたくて…。そういう気持ちを10年くらい持ち続けてきた。 そんな時このボランティア募集を見つけたのです。

10年思い続けてきた気持ちを前に踏み出すのは、案外軽く踏み出せた。でも重い物は持てない…、 自分が何かをしようとしたら、必ず誰かが動かなくてはならない。 患者様の方が気兼ねするのでは…、他の人はどう思うだろうか、などなど、考えることは一杯でした。

「私何もできないんですけど…」

ボランティアコーディネータにお聞きしました。

何かあるはずですよ。一緒に探しましょう」

この一言にまだお会いしていない方に、これからの出会いをワクワクしました。

講習会の日、会場一杯の人たちにびっくり。またまた悩んでしまいました。みんなは私を受け入れてくれるかしら?

「こんな私でも大丈夫ですか」

院長先生にお尋ねしました。

「何ができるか、一緒に探しましょう。必ずありますよ」

思い切って一歩を踏み出してよかった。 とうれしくなりました。そして今、こうして「三つの手」という新聞作りに関わらせていただいています。 私にはこれしかできません。ですから、何か行事があっても、 患者様以上にお客様でふんぞりかえっています。ごめんなさい。

何もかもしなけりゃ、ラウンジではニッコリと、とびきりの笑顔で楽しい人を引きつける話題を提供して…。 と、そして何も出来ない自分を発見したときの心の苦しさ。 「何も出来ない」それをすっかり認めて、自分のできることを、楽しんでやろうとしたとき、 すごく心が穏やかに軽くなりました。

みなさんのお陰で、少し大きくなれたようです。

この新聞作りは、仕事の延長線のようなものです。私は文字を見るのが好きです。 文章を見るのが好きです。文字と文字の間に、まだ知らない方の横顔をかいま見ることができます。 そして、知らないことを知る、大きな驚きと楽しさがあります。

私は仕事でも何でも楽しくやれなければ、やらない方がいいと思っています。 文字を通して、わかり、好きになる。今の仕事は神様が与えてくれた、私のための仕事ではと思っています。

でも時々不安になります。このことは病院のためになっているかと言うことです。 はじめに声をかけたときの、返ってきた返事に対して、私は誠実でしょうか…と。

幼い時から真の神様は主イエス・キリスト様と信じています。

人の力ではどうすることもできない、深い悲しみ、苦しみがあります。 祈ってもなにも現実は変わりません。でも心の平安は得ることができます。 私自身こうして生きているということは、主のなさる奇跡だと信じています。

「生まれるに時があり、死ぬに時があり…」

「あなたが私を選んだのではない。私があなたを選んだのです」

この聖書に御言葉は、私の今までそしてこれからの生きるための力です。 そしてもう一つ

マリア・カラスさん(オペラ歌手)の言葉です。

「自分が歌うことで、世界中のみんなが喜んでくれなくても、ほんの一握りの人に 喜んでもらえるなら、歌い続けたい。」

私も何か生きたという足跡をのこしたい…。

(60分くらい)

結城のコメント

halさんの文章

(新入社員)

はじめまして。

○○部○○課の○○と申します。社会人になって7年目です。

大学では地理を専攻し、卒業してすぐは地図を作る仕事をしていました。

その後インターネット関連の会社に転職し、プログラマになりました。 この会社に入って3年目ですが、今はインターネットで地図を配信するシステムを作っています。

地図もインターネットも大好きなので、いい仕事にめぐりあえたなあ、と思います。

家族は黒猫が一匹。ちょっと太り気味のオス猫です。

趣味は料理や洋服づくりやプログラム作成など何かを作ることに興味があります。 映画や旅行も好きです。

どうぞ、よろしくお願いします。

(30分)

結城のコメント

匿名さんの文章

(地球のみなさん)

地球のみなさん、はじめまして。我々は、銀河連邦の使節団です。 突然の訪問に驚かれていることと思いますが、落ち着いて話を聞いてください。

我が銀河連邦は、知的生命体が存在する星々から代表が集まり、 さまざまな問題に対処している汎宇宙的組織です。このたび、 ここ地球の知的生命体、つまり、お前ら人間どもが、なんとか宇宙レベルの知性に到達したから、 連邦に加盟させてやらんこともない、 ということで、こんな辺境までやってくるハメになりやがった。

え? あ。……すみません、翻訳機の調子が悪いようです。どわ、 ものを投げるなって。おい、翻訳機のせいだって。うわっ。こんな野蛮な奴らを連邦に。 のへ。くお。だから、嫌だったん……。えーん。

(約10分)

結城のコメント

ほうずきさんの文章

(想定読者 文章教室を見てる方)

3X歳 独身 男

趣味

これといってなし 映画とかはちょっと好きです。 スポーツは、ダメなのでほとんどしません。 自分ではできませんがTVなんかで野球やサッカーを見て面白いとは思います。 子供の頃は見るのも嫌いでしたから、少しだけ、進歩しています。

最近の目標

コンピュータのプログラミングが、できるようになりたい。 ちょっとしたツールを自由につくれるようになるのが目標。 たくさんのコンピュータ言語があって、 新しい話題がつぎつぎに紹介されているので、正直圧倒されますが、小さなことをコツコツ学習中です。 いつまでたっても、初心者レベルのままで終わるのじゃないかとちょっと思います。

山菜を毒入りの擬似山菜と見分けられるようになりたい。

卵焼きを上手に作れるようになりたい。

(1時間くらい)

結城のコメント

ホームルーム

文章教室の第8回、いかがでしたか。

今回は思い入れの深い文章が多かったように感じます。 思い入れのある文章を書くときには、読者をおいてきぼりにする危険性があります。 せっかくよいことを書いても、読者の歩みから大きく離れてしまっては、 共感を得るのは難しくなります。 読み返すときに、読者の気持ちも考えるようにしましょう。

また、1つの段落にたくさんの内容を詰め込んでしまった文章がありましたね。 あまり詰め込みすぎると、読者は目を回してしまいます。 話題が展開するごとに、こまめに段落を変えたほうが読みやすくなりますよ。

投稿した人も、そうでない人も、 ぜひ、 「文章教室」へのフィードバックから感想をお送りください。

それでは、また。 Enjoy Writing!

放課後 ―― 投稿者とのおしゃべり

結城さん、こんにちは。 よろしくお願いします。 私も小さなHPを作っています。 のぞいてみて下さい。 どうしたら、心に残る文がかけるでしょう。 http://members.goo.ne.jp/home/kirikokiriko

結城: はい、こんにちは。 文章を書く秘訣を一言でいうなら「読者のことを考える」ですね。 その他に付け加えるなら「自分で本当に分かっていることを書き、知ったかぶりをしない」 ということになるでしょうか。 自分が書いた文章を校正するときに、 「この表現で、相手にわかってもらえるだろうか」 「自分は単に知ったかぶりをしようとしていないだろうか」と考える。 そして細かいところまで手を抜かないで校正する。 そういうのが文章書きのあるべき姿ではないか、 と私は思っています。 読者の心に残るかどうかまでは、書き手は制御できませんけれど。

文章を書くときに校正という作業はいつも行っているのですが、 どんどん書く、というのが難しかったです。 いつも、とても勉強になっています。

結城: ありがとうございます。 私はしょっちゅうこの「どんどん書く」というのをやります。 特に文章が進まなくなったとき、頭から言葉が出てこなくなったときにやります。 頭から言葉が出なくなったので、手を勝手に動かして、手から言葉を出すのですね。

文章を書くって本当に難しいですね。メールの文章に何十分もかかることはありませんが、 報告書や今回(第1回)の自由課題などはめちゃめちゃ時間がかかります。 そして内容自体も問題あり。

結城: そうですね、意識して文章を書きはじめると、だんだん難しく感じてくるときがありますよね。 直しているうちに、良くなっているのか悪くなっているのか、わからなくなったりして(^_^;

仕事においても私生活においても文章を書くことが苦にはならないのですが、 特に作文を勉強したわけではないので、他の人からみて読みやすい文章なのかどうか不安です。 なにか良い教材はないものかと思っていたところに貴兄のホームページを拝見し、 投稿させていただいた次第です。

結城: 文章を書くことが苦にならない、というのは素晴らしいことです。 ぜひたくさん書いて、文章をさらに磨いてください。 「文章教室」などという偉そうなページを公開している私ですが、 私も特に作文を勉強したわけではありません。 ご一緒に練習していきましょうね。

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