書き始めれば、書ける

文章を書く心がけ2

結城浩

目次

はじめに

文章を書きたい。

なぜか、わからないけれど。
ボールペンをつかみ、レシートの裏に。
思い付くことを、そのままに。
どんどん、どんどん書いていく。
あふれてくる言葉を、どうしようもなく。
泣きながら、笑いながら。
痛む手をさすりつつ。
私は文章を書いていく。

何でも書いていいのだ。
誰に見せるわけでもない。
自分の書きたいことを、
      書きたい順序で、
      書きたいように書けばいいのだ。

文章を書きたいけれど、何からどうはじめればいいの?

まず、筆記具が必要です。
鉛筆やボールペン、それに紙。
もちろんコンピュータでも、ワープロでも、何でも結構。
きちんとしたきれいなノートを用意してもいいけれど、しなくてもいい。
どちらかといえば、しない方がいい。

あ、書きたい、と思ったときに、急げ!急げ!
紙をひっぱり、鉛筆をつかんで、すぐに書き出す。

書いている最中は読み返さないこと! 編集したくなるからね。
そうではなくて、話しかけるようにどんどん書いていこう。
どうしても手が痛くて動かなくなるまで、
もうどうにも言葉が出てこなくなるまでどんどん書いていこう。

ゆっくり考えるのは、書いてからだ。
あなたの頭に思いついた言葉を、そのとおりに書いていこう。

(1)筆記具を用意する。
(2)すぐに書き出す。
(3)読み返さない。
(4)書き続ける。

これが、書き始める方法です。

わたし、文章がへたで、だめなんです。

へたかどうかはさておき、書こう。
書かなければ文章は存在しないから。
文章はうまい方がいい。
でも、存在しない文章はうまいともへたとも言えない。

心の支えが必要だ。
へただ、と思うと書く気がうせる。
誰でも、へたな文章は書きたくない。
へただ、だめだ、と思ったら、書き始められない。
だから、心をなだめよう。
自分の批評精神を麻痺させよう。一時停止!

まずは、どんどん書く。それがこのページのテーマだ。

あなたが本当に書きたいことを書こう。
書きたくないことは、書きたくない。
書きたいことを、書きたいように書こう。
書いてから、考えよう。

頭の外に出た言葉、紙に記録された言葉はいくらでも編集できる。
でも、書かれなかった言葉は編集もできないし、よりよくすることもできない。
それは単に「おそれ」として結晶するだけだ。

書いてしまえ、そのことを。
自分の一番奥に隠れているあのことを。
書いてしまえ、すべてを。
どうせ読むのは自分だけだ。
書いてしまえ、書いてしまえ。

書いてから、考えよう。
書き終えてから、考えよう。

わたしには、時間がなくて、きちんとした文章が書けません。

時間がない。

時間がない。

呼吸する時間も、トイレにいく時間もない。
食事をする時間も、考える時間もない。
そんなときでも、書く時間はある。
書く時間はあるのだ、実際。
書き始めれば、書く時間はできるのだ。

時間をあらためてとったからといって、
よい文章になるとは限らない。

ほら、今。

小説を読んでいると、すごい文章ばかりで、自分には書けないと思ってしまいます。

もちろん、あなたには書けない。
あなたは、その作家ではないから。
あなたはあなたの文章しか書けない。
あなたが書く文章しか書けない。
あなたの興味、あなたの関心、あなたの命、それはあなたが書くものだ。
他の誰にも書けない。

いま、生きているあなたが書く言葉こそが、
本当に生きているあなたの言葉なのだ。

読み返してみると、つまらない文章でがっかりします。

読み返してみてつまらなかったら、どこがつまらないか、考えよう。

あなたは何かを避けて書いているかな?

ぽっかり口を開けたマンホールの穴が、道の真ん中にある。
それを避けて歩くように、
あなたは何かを避けて書いているのかな。

もしそうなら、きっとつまらない文章になる。
だって、いちばんおもしろい
                          こわい
                                すてきな
                                        心ゆさぶる
                                                  命あふれた
ところを、避けているのだもの。

こわがらないで、書いていいんだよ。
誰に見せるわけでもないから。
書き終えた後で捨ててしまえばいいのだから。

文章のうまいへたは、問題じゃない。
問題なのは、正直かどうかだ。
自分の腹から出てきた文章かどうかだ。

マンホールの穴に落ちてもいい。
あのことを、書いてみよう。

どんどん書いても、腹から出ていない文章なら意味がない。
(でも、書くのをやめるよりいいけれど)

こわがらないで、書いてごらん。

だめ、だめ、書けない、自分には何も書けない。

そういうときの書き出しは決まっている。
「自分には何も書けない」
これが書き出しだ。あなたは自分には何も書けないと思っている。
そここそが、あなたの出発点だ。そこから書き出すんだ。

森のまんなかに小さな湖がある。
あなたは言葉を持っていって、湖にほうり込む。
「自分には何も書けない」という言葉を。
…ひゅううう。どぼん。
耳をすまして、聞こえる音を書く。
湖面を見つめて、広がる波を書く。

「自分には何も書けない。本当に書けない」
「自分には何も書けない。でも歌える」
「自分には何も書けない。なぜ私は愛されないのか」
「自分には何も書けない。もう死にたい」
「自分には何も書けない。でも生きる」

あなたには、あなたの書き出しがある。
そして書き継ぐ言葉もある。

どんな勉強をしたら、文章を書けるようになるのでしょうか。

文章を読むこと。文章を書くこと。
人の話を聞くこと。人に自分の話を聞かせること。
よく見ること、よく耳をすますこと。
味わうこと、感じること。
歌うこと、泣くこと、かじること、足を踏み鳴らして踊ること。

そして、そのすべて。

でも実は、いつでも文章は書ける。
勉強して書けるようになるわけではない。
いつでも、いまの自分の文章しか書けない。
それを書くのだ。

わたしは、いつだって、書けたためしがない。いつだって、中途半端。

自分を見るのをやめよう。自分を信じるのをやめよう。
中途半端、と判断を下す自分自身を蹴飛ばそう。
(そもそも、そいつはあなた自身じゃないかもしれないし)。

人生に中途半端はない。
いつだって、現在が永遠に接している。
だって、あなたが何かを意志して行為できるのは現在しかないんだもの。

あなたが中途半端だと思っていても、他の人はそう思っていないかもしれない。
(そしてたいていの場合には、
 他の人はあなたのことなどまったく意識していないのだ。
 つまりは、気楽に書けばいいのだ。
 あなたを縛っているのはあなただけだ。
 あなたさえ手を離せば、あなたは自由になる)

自意識はとっても重たい。自我の足かせはなかなか堅い。
けれども、大丈夫。
自意識自体を笑ってしまえ。自我そのものを まないたにのせよ。

生真面目すぎる自分をそのまま書いてしまえ。
融通がきかなくて気まずい空気を作り出す自分を書いてしまえ。
私は駄目だ、と言う私は駄目だ、と言う私は駄目だ…という合わせ鏡をそのまま書いてしまえ。
自分の愚かさを、そのまま書いてしまえ。

駄目駄目音頭を踊っている自分を、書いてしまえ。

何を書けばいいのだろう。

あなた自身に聞いてみよう。
あるいは神に問うてみよう。
私は何を書けばいいのだろうか、と。

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