第1章を書き続ける日々

結城浩

2004年6月17日

2004年6月14日 - 淡々と書く

今週は雑誌の〆切がない週なので、淡々と本を書く一週間になります。

今日はmoの章を読み直し。 テキストで編集し、PDFに変換して読み、テキストで編集し、PDFに変換して読み…の繰り返し。 でも、まだ章の組み立てはかっちりと決まっていない。 現在の方向としては、材料を厳選して絞る向きに進んでいる。 ほんとうに核になるものを失わないように注意しながら、削る。 驚きと発見の息吹を失わないように注意しながら、絞り込む。 ときどき、まったく無意味なものを書いているような気分になって投げ出したくなるんだけれど、 これは新しい本を書くときにはいつものことだから、ぐっと踏みとどまらなくては。

ぜんぜん「淡々と」書いてない。

そういえば、拙著 『暗号技術入門』の売れ行きが最近よいようなのですけれど、何ででしょうね? ともあれ、感謝なことです。

2004年6月15日 - 本を書く楽しみ

今日は第1章を書くことにします。

虚心になってはじめからていねいに読んでいきます。 一つ一つの言葉を味わいながら読みます。 自分の中に言葉が自然に流れてくるならば、先に進みます。 もしも、何かひっかかる部分があったなら、そこで立ち止まって考えます。 どうして、ひっかかるのかな? どう直したら、すうっと読めるようになるかな? と考えます。 直し方を思いついたら、直します。

そして、もう一度、虚心になってはじめからていねいに読んでいきます。 一つ一つの言葉を味わいながら読みます。 自分の中に言葉が自然に流れてくるならば、先に進みます。 もしも、何かひっかかる部分があったなら…

というのを丹念に繰り返します。

内容にも、文章にも、構成にも、ひっかかるところがなく、 章の終わりまでたどりついたらめでたしめでたし。 1つの章のできあがりです。

いや、もうちょっと必要ですね。 易し過ぎるのもつまらないので、 ほんのちょっぴり読みにくいところを作ります。 でも、ほとんどの読者には気がつかないような読みにくさ。 いわば料理の隠し味です。 読みにくくするというのは正確ではないですね。 もしもそれに気がつくほど理解が深まったら、 感動をもって迎えられる「何か」をほんのひとさじ付け加えます (そして、そのひとさじに時間の大半を費やしてしまい、 私はいったい何をやっておるのだろう、 と思ったりするのですけれど … 驚くべきことにその「隠し味」を見つける読者さんはちゃんといらっしゃるのです)。

最初の章から最後の章まで、以上のような地道な作業を繰り返します。

これが、本を書く楽しみです。

2004年6月16日 - ケーキから精進料理へ

今日も第1章を書いています。

何度も読み返して、やっと半分まで来ました。 残りも題材はごちゃごちゃとあるので、ばさばさ枝刈りをしながら進む必要があります。 今週いっぱいかかって第1章の形が整うとよいなあ。 そうすると、他の章の形もそれにあわせて整う(整えればよい)ことになるから。 はじめはごたごたしたデコレーションケーキのような感じだったけれど、 だんだんそぎ落とされて精進料理みたいになってきた。 いや、ちょっと違うな。 たとえていうなら……まあいいや。仕事しよう。

2004年6月17日 - ジャングルをめぐって

今日も第1章を書いています。 …自分でいうのもなんですが、粘り強いなあ(単に書くのが遅いだけかも)。

平地を過ぎてジャングルに入り、ばさばさと枝刈りをしながら進んでいくと、 不意においしいフルーツがなっている木があったので、そこで一休み。 来た道を振り返り、これから進むジャングルを思う。 上を見上げると、木々の間から見える青い空。 目をつぶって耳を澄ますと、どこからか聞こえる鳥の声。 汗が背中をつたって流れるのがわかるけれど、決して不快ではない。 水筒の水をぐい、と飲んで立ち上がり、またジャングルを進んでいく。

たとえていえば、そういう感じです。

2004年6月18日 - 一語一語

今日も第1章[nu]を書いています。

もう、いいかげん先に進みたいので、 第2章[lo]のファイルに自分が言いたいことをばりばりと書いてみる。

本の原稿は、章ごとに別ファイルになっている。 章くらいの長さがちょうど1ファイルで扱いやすい長さだからだ。

どんなに長い本であっても、頭で地道に考え、 自分の手を動かしてタイピングして、 読み返して校正するというプロセスを経る。

スティーブン・キングは小説を書くコツを聞かれると 「小説は一語一語書くしかない」と答える。 結城はこの話がとても好き。 実際そうだろうな、と思う。 古より「千里の道も一歩から」というではないか。

いつも謙虚に、愚直に、淡々と、一歩一歩進むしかない。 一語一語書くしかない。

感謝しつつ、祈りつつ。

2004年6月22日 - 非線形の仕事

今日も、第1章[nu]を書いています。

前半部分を読み返すと、無意味なことを山ほど書いているような気分になるけれど、 ぐっとこらえて後半部分の枝刈りを進める。思い切って言葉をばっさり切り捨て、 大事な言葉をふわっと膨らませると、 何となく…何となく第1章のまとまりは何とかつけられそうだなあ。 …大丈夫かなあ。

第1章にこんなに日数をかけていいのか、と心の中に声が聞こえるんだけれど、 いいんです。大丈夫です。本書きは非線形なのだ。…たぶん。

2004年6月29日 - 仕事・仕事

地道に本を書く。 なんと、まだ第1章を書いているという。 いいんです。 ゆっくり歩くのを楽しんでるんですから…。

最近Webで遊んでいてもおもしろいことが少ない。 もっと、リアル・ワールドの「本」を読みたい。 そして、ゆっくりと自分の頭で考えたい。 スピードではなく、リンクではなく、トラックバックでもなく。 分量でもなく。効率でもなく。 スケールメリットでもない。

自分の等身大の何か。アンダンテな何か。 コンピュータの助けは、ほんのちょっぴりでよいのだね。

※このとき書いていた本は、2005年に 『プログラマの数学』という形で出版されました。