魔法の地図を手にしながら本を書く

結城浩

2004年7月1日〜8日

目次

2004年7月1日 - 魔法の呪文は見つからない

本を書いている。

今日は別の章を考えた。 [mo]章の図を一枚描く。 考えながら描いているうちに、少し話が広がってきたみたい。 [nu]の章は枝刈り(というかお化粧)の時期だけれど、 [mo]の章はまだまだ話を広げる時期なので、広がるままに任せてみる。

ぜんぜん魔法の呪文は見つからず、ジャングルは深いのだけれど、 このまま進んで、うまくどこかに行き着くのだろうか。 自分のやっていることが全く無意味なように思えてくる時がある。 でもその一方で、わくわくどきどきして、 いてもたってもいられない時もある。 自分が書きたい本を新しく書いているわけだから、 どこにも「正解」はない。 Webで検索しても答えは見つからない。

でも、そのような仕事を仕事にできるというのは、 この上ない幸福なのかもしれないと思う。 無駄かもしれないけれど、手間をたくさんかけよう。 好きなだけ時間をかけて考えてみよう。 じっくり考えて、よいと思う方向に進んでみよう。

祈らなければならない。

2004年7月2日 - 魔法の地図なのか?

デニーズで、本を書いている。

密林の中を歩いているみたい。

今日は、最終章[ra]の章からさらにヒントを得て、 最終章の1つ手前の[po]の章を書いていた。 図を書いているうちに、 これは[nu]の章とも[lo]の章とも関連している図であることに気がつき、 ちょっと興奮。もしかしたらこれは魔法の呪文か。 あっ、今回は魔法の呪文じゃなく、魔法の地図なのかも! と思った瞬間、ジャングルから上にふわっと浮かび上がって森全体を俯瞰。

…でも、すぐにデニーズに落っこちてくる。やれやれ。

地道に書いていこう。

2004年7月3日 - ぷわぷわしてる

本を書いている。

昨日見つけた魔法の地図を各章で試している。 [mo]の章は大丈夫。[nu]と[po]の章も大丈夫。[lo]の章ももちろん大丈夫。 [re]の章と[co]の章はまだよく分からない。

気持ちのおもむくまま図を描く、というのはよい方法かもしれない。 気持ちのおもむくままプログラムを書くのと似ている。

なんだか全体的にぷわぷわしている。 もっとすきっと引き締まらないものだろうか。

2004年7月5日 - 本全体の地図

本を書いている。

魔法の地図からヒントを得て、本全体の地図を描いてみることにする。 以前も一人ブレーンストーミングで描いたことがあったが、山ほどのノイズが含まれていたので、 今回は各章を中心に据えて、大きな山脈と半島を中心に描いてみる。 一時間半ほど格闘して、ほぼ輪郭は描けた。 今後、各章を書いていくときには、この地図を見ながら書いてみようか。 何かが見つかるかもしれないから。

2004年7月5日 - 説明は難しい

自分ではわかりきっていると思っていたことでも、 いざ実際に文章で説明しようとするとうまくいかない。 「こんなはずじゃないのに」と思うような文章しか書けない。 まあ、いつものことなのですが。 ふみぃ…。

2004年7月6日 - 散歩道の発見

本を書いている。

地図が見つかったので、嬉々としてジャングルを進んでいく。 急に視界が開けたと思ったらハイウェイに出たので、ものすごく驚いた。 猛スピードで車がびゅんびゅん走っている。 「ジャングルを切り開いていくのもつらいけれど、すでにこんなに開かれたところを歩くのも何だかなあ」 と思いながら少し歩く。

もしかしたら、と思ってわき道に入ってみる。

おお、ジャングルとハイウェイの間には木漏れ日が美しい散歩道があるではないか。 ただ、どうも最近ここを歩く人は少ないようで、道には石がごろごろしている。 「うん、ここを整えたら、すごく気持ちの良い道になるんじゃないかな」と思ってあたりを見回す。 ちょっと左にそれると密林があり、ちょっと右にそれるとトラックがゴーゴー走っている。 でも、この道をていねいにたどっている間はとても静かだ。 小鳥の声も聞こえる。すみれが咲いているところもある。

これまでジャングルを切り開いてきた手間を捨てるのは惜しいし、 ハイウェイも便利なんだけれど、 ちょうどその間にはさまれている、この散歩道をたどってみよう。 うまく石を片付けて整えることができたら「ほら、素敵な道でしょう?」 と友達を呼んでくることができるかもしれない。

今日の仕事は、こんな感じでした。

2004年7月7日 - ベンチを磨く

本を書いている。

昨日見つけた散歩道で、とりあえず足元の雑草を抜いて石ころを取り除ける仕事をする。 ここはもともと有名な道なのでベンチなども用意してある。古い木でできている由緒あるベンチだ。 ほこりを払い、冷たい水にひたしてから堅く絞った布で磨いてみる。うん、とてもよい。 気持ちの良い場所になりそうだ。

2004年7月8日 - 水盤の発見

本を書いている。

昨日のベンチを今日も磨いている。 きっちり磨いていくうちに、ベンチから出ていた釘に手をひっかけてしまう。 ざっくりと切れて血が流れてくる。よく見ると、釘は何本もある。 危ないから全部抜いてしまおうか。 でも、この釘はベンチをベンチたらしめている大切なものだから、簡単に抜くわけにはいかない。 手間かもしれないけれど、1本ずつハンマーで打ち込むか、やすりで全部けずるしかないか。 あるいは、座る人に「釘に注意してください」と言うか。悩みどころだ。 まずは、後回しだな。

道を歩いていくと、美しい水盤が見つかる。 古い葉が積もって汚れていたので、それを大まかに片付ける。 水盤の下を探ってみると、水の栓が見つかる。少し堅かったけれど、力を入れるとなんとか開く。 水盤がゆっくりと水で満たされていく。うん、これはいいね。細かな汚れはあとで落とすことにしよう。 この水盤は釘も出ていないので、それほど問題は起きないだろう。

今日の仕事は、こんな感じです。

※あ、最近のお仕事日記はすべて「たとえ話」ですので、本当に手を怪我したわけではありません。念のため。

※このとき書いていた本は、2005年に 『プログラマの数学』という形で出版されました。