過去にとらわれていた自分

結城浩

2003年6月22日

今日、ある方から励ましのメールをいただきましたので、 感謝しつつ、みなさんとシェアしたいと思います。 メールを出してくださった方には公開の許可をいただいています。

教会へ行って来るとお昼寝してしまう結城さんへ。

私もきょうは教会へ行き、礼拝の後には信仰入門講座にも出席することができました。 その中で、初めて聞く言葉がありました。

  人間は、他人の過去を見て、レッテルを貼っている。でも神様は、その人の将来をご覧になっている。

「今」ではなく、「将来」というところに驚かされました。 変わっていける自分、を感じました。

私は少し前まで、ものすごく過去にとらわれてきた人でした。 中学生の頃に、人生の楽しみのすべてを使い尽くしたような幸せな日々を過ごしたのち、 突然見知らぬ土地に引っ越して、友人も言葉も文化も、 全部がぷっつり切れてしまいました。 その経験が深い傷となり、その若さにもかかわらず、 あとは余生のようになってしまったのです。 それから20年、成人しても結婚しても、 幸せの最大のポイントは過去にあることに変わりがありませんでした。

それが少し前から、大転換したことに気がつきました。 自分が生物学的に生きているのではなくて、 神様によって1日ごとに命を与えられて、生かされていることがわかった頃からです。

いったいどうしてそれがわかったのだろう、と考えてみると、 そのひとつは結城さんの「いまを生きる」だったらしい。

このページを初めて読んだ時は、まだ抵抗があったことを覚えています。 「いま」より「過去」の方がずっと素晴らしいのに、と。 それが当たり前の自分の発想でした。だから、その日に目にするものを、 心から美しいとかいとおしいとか、思うことができませんでした。

今は‥。主がともにいてくださって、今まで過ごしたことのない新しい日を、 いっしょに歩んでくださるのだから、この日は特別な1日、最高の日、と、毎日思えます。 自分としてはすごい変化なんですよ。

過去を振り返らずに、今を最高の思いで生きていける。

自分でビックリです。

結城さんにはほかのことでもいっぱい示唆をいただいています。感謝しますね!

ハレルヤ! 主の御名をほめたたえます。 人生を変えてくださる主に、人生の意味を教えてくださる神さまに感謝します。

イエスさまは、私たちといつも共におられる方。 この方が共にいてくださるのだから、毎日がすばらしい日、ですよね。

ハレルヤ!