本を出版するということ

結城浩

2003年11月19日

2003年11月19日 (水)

読者から 「本を出版するにはどうしたらいいですか」 という質問が来たので、答える。

結城は、プログラミング関係の技術書を中心にこれまで何冊か出版しております。 私の経験といってもほんとうにわずかなものですけれど、 何かの参考になるかもしれませんので簡単に書かせてください。

本を書きたいという望みを持つことはとてもよいことだと思います。 いつの時代でも、どの分野でも、よい本は必要です。 あなたの知恵や経験や発見を本という形にまとめて出版すると、 その本を通して、他の人によいものを伝えることができるでしょう。

けれども、具体的に何からどうはじめたらよいかわからないものです。 本の執筆と出版の過程はさまざまですから、 絶対こういうルートでなければならないとはいえませんが、 一つの方法としてお聞きください。

まず、あなたが書きたいと思う題材が必要になります。 それは一つのアイディアかもしれませんし、 新しい発見かもしれません。 あるいはこれまであなたが経験したことかもしれません。 いずれにしても、その題材がもしも本になったとして、 他の人が読みたいと思うようなものになりそうなら、 本として出版される可能性が生まれてきます。 あなたが書きたい題材がまったくゼロであるにも関わらず ただ「本を書きたい」といってもそれは難しいでしょう。

次に、本を書く必要があります。 どこからどうはじめてよいかわからないかもしれませんが、 まず、自分の書きたいことを書きたいように書いてみましょう。 書いてみると、きっと思ったよりも本を書くことが難しいということに気づくと思います。 でも、それはそれとして、しばらく書き続けてみましょう。

ワープロでもテキストエディタでもいいですから、 自分の使い慣れたツールを使って、 どんどん書いてみましょう。

書いているうちに、 もっと調べなければならないことが見つかったり、 自分の考えを軌道修正しなければならなくなったりするでしょう。 そのときは、自分の知恵をしぼって書き直しましょう。 このあたり、王道はありません。 地道に根気よく言葉を並べていくしかありません。

書きあがったら、 もしくは書きあがる見込みができて「これはとてもよい本になりそうだ」と思ったら、 企画書のような形にまとめて出版社に送ってみてはどうでしょう。 あなたが出版したいと思うような本を出している出版社に、 自分はいまこういう本を書いている。こんな構想で書いている。 このくらいの分量の本になりそうだ。この本はこういう点がすぐれている。 …そういった事柄が読み手(出版社の人)に伝わるように書きます。

郵送でもよいでしょうし、 出版社によってはメールアドレスを 公開しているところもあるでしょうから、 メールでもよいかもしれません。 もし出版社があなたの企画書に興味を持ったなら、 何らかの返事が来るかもしれません。 もちろん、まったく無視されてしまうかもしれません。 それは、企画の内容と書き方によると思います。

最近ですと、インターネットをうまく利用するという方法も考えられます。 たとえば、あなたが書く内容をWebページとして公開しておきます。 もしも多くの人に「これは面白い」「これは役に立つ」と思ってもらえるページなら、 しばらくすると人気が出てくるでしょう(話を非常に単純化させています)。 読者からのフィードバックもあるかもしれません。

そうやって読者の反応を見たうえで、 出版社に「このWebページで公開している内容を書籍化することはできないでしょうか」 ともちかけるのです。出版社の方も、内容が公開されているので、判断がしやすいでしょう。 Webページでなくても、メールマガジンなどを元にする方法もあるでしょう。 実際「まぐまぐ」などで発行しているメールマガジンが書籍化される例は少なくないですね。

Webページの人気が非常に高ければ、 こちらからオファーしなくても、Webページを見た出版社のほうから 「本を書きませんか」という申し出がくる場合もあるかもしれません。

出版社と話し合える状況になったならば、 あとは、いつまでにどのような本を書くか、 どういう契約のもとで出版するか、 報酬はいくらで、いつ支払われるか、 というやりとりを行うことになります。

時間がなくなったので、 後は要点だけ書きます。

「本を書く」仕事は、 お金を儲ける方法としてはあまり効率がいいとは思えません。 本を書くのが好きでないと、続かないと思います。

本を書くのは大変ですが、本という形が残る、とてもやりがいのある仕事です。 「これは私の書いた本です」と胸を張れるのは大きな喜びです。

本を書くのは基本的に一人の仕事ですが、 それを出版物として世に出せる形にするためには、 非常に多くの人の助けを必要とします。 ので、感謝の心を忘れないようにしなければなりません。

一冊目の出版が一番大変です。 二冊目以降は一冊目ほど大変ではありません。 けれど、出版は毎回が勝負です。手を抜いてはいけません。 本を書く仕事は、手を抜く気になれば、手を抜ける場所がたくさんありますが、 手抜きはいけません。 よい仕事をすると、次のよい仕事につなげやすくなります。

…とここまで書いてきて、 似たような文章を以前に書いたことに気づきました。 以下も参考にどうぞ。

以下は、O'Reilly社が公開している、本を書きたい方へのガイドです。 本を書きたい人は、一読の価値ありです。 以前は、オライリー・ジャパンに日本語訳が公開されていたのだけれど、 URLが変わって見つけられなくなってしまった…。

2003年11月20日 (木)

先日書いた日記に少し反応あり。

CVSの本を書かれた みかままさんは「僥倖だなぁ」と深い一言を。 ( 11月20日の日記に加筆あり

Javaの本を書かれた いがぴょんさんの場合は「好みの内容の執筆依頼がくるのを待ち、これをよりごのんで引き受けるほうが 話しを とんとん拍子で進めやすいです」 とのことです。 確かにそれはそうかと思います。 でも、本を出版したいという希望を持ちながら、 編集者さんから連絡がくるのをじっと待っているというのはなかなか忍耐が必要だとも思いますが、 どうでしょうね。

もっとも、 結城の場合には持ち込み(投稿)をしたのは学生時代に一回だけでしたから、 サンプル数としては少ないですね。 それに、そのころはインターネットなんてなかった…わけじゃないけれど、 ぜんぜん一般的ではなかったですから、 現在の「出版事情」とはずれがあるかも。

2003年11月26日 (水)

いがぴょんさんの日記の、 書籍を執筆すると言う事に大量加筆されておりました。 結城の日記に対する反応です。 本の著者の執筆事情というのは、なかなかわからないことなので、 いがぴょんさんの文章はたいへん興味深く読みました (たいそう私のことを高く評価してくださっているので、恐縮してしまうのですが…ありがとうございます)。 詳しく書いていただいてよかったです。 先日のいがぴょんさんの日記ではよくわからなかった 状況(いがぴょんさんの実体験)がとてもよく理解できましたので。

くわしくはいがぴょんさんの日記を読んでいただくとして、 私が面白いと感じたのは、いがぴょんさんはきちんと自分のスタンスを意識して執筆なさっているということです。 たとえば「現場感覚を大事に」とか「書籍執筆というステータスを仕事に役立てる」とか。 私はそういう意味ではプロ意識が足りなくて、ちょっと恥ずかしいです。

プロ意識といえば、 先日 平林さんの日記を読んでいて「小説家はメーカーなのだから、期限を守らなくてどうする」という森博嗣のセリフを読んで、 胸にぐさぐさ来たりしたりして (^_^; 、 あちこちに「すみませんすみません」と言ってみたり。

プロ意識といえば、 これもまた先日 森山さんの日記を読んでいて 「原稿は、この「取りあえず最後まで書く」という作業が大事だ」 という言葉にうんうんとうなずいてみたり。 さすが森山さん、わかっているなあ。 でも、直後の「たまに勘違いしている人もいるが、ライターは仕事をしているのであって、作品を作っているわけではない」 という言葉には、ブラウザの前で「あ、その勘違いしている人は私だ」と声に出してしまった。 きっと「作品」という言葉の意味空間が私と森山さんとでは少し異なっているのでしょうけれど。