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『キリスト教の精髄』ガイド

第三部 クリスチャンのあり方


1.道徳の三部門

ルイスは道徳について考えるべきことを三つあげています。

  1. 第一に、個人間のフェアプレーと調和。 ルイスの「艦隊の比喩」によれば、 どうしてこの第一の点で考えをとめてしまっては無益なのでしょうか。
  2. 第二に、各個人の内部が調和を保っていること。 どのようにすればこの二番目の道徳に達することができますか。 またこの二番目の道徳があるとないとでは、 人々の間にどのような違いを引き起こしますか。
  3. 第三に、すべての人生に共通の目的。 どうして「他人に迷惑をかけさえしなければ、別に悪いことじゃない」という考えは、 クリスチャン的な考えではないのでしょうか。

2.「根元的諸徳」

ルイスは「根元的諸徳」というものについて論じています。

  1. 昔の人たちが試みた分け方によれば徳には七つある、とルイスは述べています。 そのうちの四つは根元的徳と呼ばれ、 三つは神学的徳と呼ばれています。 四つの根元的徳とは何ですか。
  2. 幼な子のようであれ、というのは、 クリスチャンは ばかでもかまわない、という意味ですか。
  3. 「節制(Temperance)」というのは飲酒だけに限定したことですか。 節制とは完全な禁酒のことですか。
  4. ルイスは「正義(Justice)」をどのように表現していますか。
  5. 「勇気(Fortitude)」として二種類が示されています。 その二種類とは何ですか。

3.社会道徳

人と人との間の道徳について論じ、 クリスチャンだけの社会がどのようなものになるかについて論じています。

  1. キリストは真新しい道徳を説いたわけではない、とルイスは述べています。 すべての道徳教師たる者のなすべきほんとうの仕事とは何でしょうか。
  2. どうしてキリスト教は、 特定時における特定社会に黄金律を適用する政治的綱領を持っていないのでしょうか。
  3. 「教会はわれわれに指導を与えるべきだ」が正しい言明になるのは、 「教会」という言葉がどういう意味で用いられたときですか。
  4. ルイスは、もし私たちが完全にキリスト教的な社会を訪れたならば、 奇妙な印象を抱くだろうと推測しています。 その奇妙な印象とは何ですか。
  5. ルイスは、私たちが基礎としているあるものを、 三つの偉大な文明が非難していると述べています。 その三つの偉大な文明とは何ですか。 またそれが非難しているものとは何ですか。
  6. 慈善(貧しい者に分け与えること)はキリスト教において本質的な部分を占めている、 とルイスは述べています。 慈善についてのルイスのレベルと自分のレベルを比較してみるとどうですか。

4.道徳と精神分析学

人間という機械に関するクリスチャンによる仕様書。

  1. ルイスによれば、精神分析とキリスト教は矛盾しない、ということです。 道徳的な選択を行う人に対し、 精神分析はどのような形で影響を及ぼしますか。
  2. 怒れば何千人もの人を殺せる立場にいる人と、 いくら怒っても笑われるばかりという人とは、 どんな風に似ているのでしょうか。

5.性道徳

貞潔(chastity)というキリスト教的道徳について。

  1. クリスチャンが「貞潔」と呼んでいる徳は、 「つつしみ」という社会的規則とどのように異なりますか。
  2. ルイスは食べ物の比喩を使って、 われわれの性本能は狂っているということを示しています。 食べ物の比喩を説明してください。
  3. 「人類が、ある仕方で自己を再生産するという事実、 またそれには快楽が伴うという事実は、別に恥ずべきことではない」というセックスに関する言明は、 クリスチャンの考え方に反しますか。
  4. われわれの性本能は混乱していると思いますか。
  5. キリスト教的貞潔は不可能だと思いますか。 ルイスによれば、不可能のように見えるものに立ち向かうとき、 決してやってはいけないことは何ですか。
  6. 不貞はクリスチャンにとっての最大の悪徳ですか。 そうではないなら、何が最大の悪徳ですか。

6.キリスト教の結婚観

クリスチャンの結婚とそれが意味する多くのことについて。

  1. 人間の性的衝動がもっとも正しく働くのはどのようなときですか。
  2. 聖書の言う「一つの肉」という言葉を現代の表現で述べればどうなりますか。
  3. ルイスは、 性の快楽を単独で取り出すことを、 食べ物の比喩を使ってどのようにたとえていますか。
  4. すべてのキリスト教会は、 離婚は……のようなものではなく、 手術のために両足を切断するようなものである、 ということで一致しています。 離婚はどのようなものではない、というのでしょう。
  5. ルイスによれば、 単なる形式として教会で結婚式を挙げる人々の共通の理由は何ですか。
  6. 教会で結婚をしていながら、永続的な結婚を信じず、 教会で口にした約束を守るつもりが初めからないというのは、 二つの点で罪をおかすことになります。 その二つとはなんですか。
  7. ルイスによれば、 恋愛の情熱は、その二人に何を強要しますか。
  8. 「恋をしている」という状態の終わりが愛の終わりを意味しないのはなぜですか。
  9. クリスチャンの結婚の規則を、 国家の法規で市民全体へ強制するのにルイスが反対している理由は何ですか。
  10. 結婚において男性がかしらである、 という考えを支持する例としてルイスがあげているのはどのようなものですか。
  11. どうして家庭の外交政策を取り扱うのに男性の方が向いているのですか。

7.赦し

「人をゆるすこと」そしてさらに困難な「敵を愛すること」についての議論。

  1. キリスト教のもっとも恐るべき義務の一つは何ですか。
  2. 私たちにできることで、 敵を愛することを多少やさしくしてくれる二つのものとは何ですか。
  3. 悪行は憎むけれども悪人を憎まない(罪を憎んで人を憎まず)という区別立てを、 ルイスはどのように受け入れるようになりましたか。
  4. 敵を愛せよ、というのは敵を罰するなという意味ですか。
  5. ルイスは、 聖書の「なんじ殺すなかれ」という命令は戦争反対や死刑反対を意味しないと考えています。 それはなぜですか。
  6. 人を憎む(という喜び)を捨てることは酒やタバコをやめるほどつらいですか。 あなたにとってはどうですか。

8.最大の罪

ルイスはこの世の誰一人としてまぬがれることのできない最大の罪について述べています。 誰でも、他の人の中にその罪を見て嫌悪を感じるくせに、 自分もその罪を犯しているとは(クリスチャン以外は)自認していません。

  1. あなた自身の中にこの最大の罪があることを意識したことがありますか。
  2. 傲慢(ごうまん)に対立する美徳は何ですか。
  3. ルイスが提示している「自分がどれほど傲慢であるかを調べるテスト」とは何ですか。
  4. 傲慢において、競争が果たしている役割は何ですか。
  5. プライド(傲慢)を表すのに使われる別の言葉は何ですか。
  6. ルイスによれば、 自分が神のおん前にいることの何よりの証拠は何ですか。
  7. ルイスが述べている、傲慢に関する四つの誤解とは何ですか。
  8. 謙遜さを自分のものにするための第一歩とは何ですか。

9.キリスト教的愛

キリスト教的愛について。

  1. 人に対して、生まれつき「冷たい」気質は罪ですか。
  2. 隣人を愛するようになる大いなる秘訣の一つとは何ですか。
  3. 自己の胸中に神に対する愛情を見出せないという人へのルイスのアドバイスは何ですか。
  4. われわれに対する神の愛について、 覚えておいたほうがよい大いなることとは何ですか。

10.希望

ルイスは希望を神学的徳の一つだと述べています。

  1. 天国の思いをもって心を満たしていたがゆえに、 地上に足跡を残した人の成し遂げたことにルイスは触れています。 その偉業は何ですか。 他にはどんな偉業があるでしょうか。
  2. われわれはみな、 天国に対する真実の欲求に対してどのような傾向を持っていますか。
  3. われわれは、人生において最高の恵みを体験するかもしれません。 でも「何か」はわれわれの手からすり抜けてしまいます。 この事実に対する対処の仕方には、間違ったやり方が二つあります。 それは何ですか。 また正しいやり方が一つあります。 それは何ですか。

11.信仰(i)

ルイスは信仰の二つの意味について論じています。まずその第一の意味について。

  1. クリスチャンが単なる信念を美徳と考えているのは理解するのに苦しんだ、 とルイスは認めています。 ルイスはこの困惑をどのように解決しましたか。
  2. ルイスは信仰をどのように定義していますか。
  3. 信仰の習慣を養う第一歩は何ですか。
  4. 第二の、より高次の信仰について語る前に、 ルイスは謙遜の問題に戻っています。 そして、しばらくの間クリスチャン生活を送るように努力してみることをルイスは勧めています。 そうすると、人間はその失敗から何を発見しますか。

12.信仰(ii)

信仰の第二の意味について。

  1. 信仰の第二の意味を理解するには、まず何をする必要がありますか。
  2. 人間を神と正しい関係にない存在だと思うのは、 どのように考えたときですか。
  3. おれは眠れるだろうかとばかり考えていると、ますます目がさえてしまいがちだ、 とルイスは述べています。 これは信仰における成長とどういう関係がありますか。
  4. キリストにわれらのすべてをゆだねるとき、 われわれはキリストに従うことを望みます。 しかし、そのとき、新しいやり方で従わなくてはなりません。 新しいやり方とは何ですか。
  5. クリスチャンが非難された皮肉たっぷりの二つの話とは何ですか。

これで第三部は終わりです。 ぜひあなたの感想やご意見をお聞かせください。

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All headings and quotes taken from Mere Christianity by C. S. Lewis are used without permission. Use at your own risk. All other material was written by Bob Wooldridge in 1996, translated by Hiroshi Yuki in 1999. The study guide questions may be freely used in order to give glory to God and to spread the knowledge of the Christian message.
見出しと引用はC.S.ルイスの『キリスト教の精髄』から許可を得ずに利用しています。 各人の責任で利用ください。 その他はすべてBob Wooldridgeによって1996年に書かれ、 結城浩によって1999年に翻訳されました。 このガイドの設問は神に栄光をお返しし、 クリスチャンのメッセージを広く告げ知らせる目的であれば、 自由に利用して構いません。