結城浩にインタビュー
『数学ガール』出版記念(仮想)インタビュー

結城浩


はじめに

このページは、 プログラミング情報誌『R.U.Certainマガジン』編集部(以下、RUCM)による インタビュー企画を再編集したものです。 インタビュー記録のテキストファイルをご提供くださった RUCM編集部に感謝します。

注意 『R.U.Certainマガジン』という雑誌は実在しません。 このページは結城の活動を対話形式で紹介するためのものです。 また、このページの内容は2007年当時のものです。


『数学ガール』はどんなお話?

RUCM: きょうは、 Java, Perl, Cなどのプログラミング言語入門書や、 デザインパターンの本などで有名な、 結城浩さんにお話をおうかがいします。 …結城さん、お忙しいところ来ていただき、ありがとうございます。 さっそくですが、今回のご著書『数学ガール』は「数学」と「小説」というジャンルにまたがった本ということで驚いています。 そのあたりからお話をおうかがいできますか。

結城: はい。 今回の本『数学ガール』は、ひとことでいえば「三人の高校生が、数学の問題に挑戦する物語」になります。 女の子が二人と、語り部である男の子の三人ですね。

RUCM: 数学の問題に挑戦ということですと、いわゆる学習モノということでしょうか。

結城: うーん、学習モノというのとは違いますね。 たとえば、次から次から問題が出てきて登場人物がそれを解いていく…というわけではありません。 理数系の生徒さん・学生さんなら経験があると思うんですが、 授業の合間や放課後に、友達どうしで問題の出しっこをしたり、解き方くらべをやったりしますよね。 そういう雰囲気にちょっと近いお話です。 問題集のように単に問題を解くのではなく、 問題を解くプロセスを通して「学校とはひと味ちがう数学に触れる」という感じでしょうか。

RUCM: ひと味ちがう数学、といいますと?

結城: 学校で学ぶ内容に縛られず、もっと広く、深く、ときには大学生や専門家にも難しい内容に触れつつ、 でも、けっして難しい内容に終始するわけではない——そんな具合です。

RUCM: 数学啓蒙書、といった位置づけでしょうか。

結城: 単純な数学啓蒙書でもありません。一般の人むけの数学啓蒙書というと、 数式を出さず、歴史的なエピソードをからめて、数学っぽいトピックを紹介——という流れが多いと思います。 それは悪くありません。でも…数式を出さないと、読みやすいのですが、 どうしても…なんというか数学の本当のおもしろみには触れないで終わってしまいがちなんです。

RUCM: 結城さんの『数学ガール』はそれとは違う?

結城: はい、『数学ガール』はそれとは違います。 『数学ガール』ではあえて数式も出てきます。 数式も出して、数学の本当のおもしろみにきちんと触れてもらおうと思っています。

RUCM: 数式ということですと、以前出版された結城さんの『プログラマの数学』では数式が出てきませんでした。

結城: そうですね。あの本は数式はほとんど出てこない。シグマを出さないというのがあの本のポリシーでした。 数式を出さず、できるだけ図とお話で理解していただこう、と。 でも、今回は違います。 今回の『数学ガール』では、数式を出します。シグマも出てきます。むしろシグマに慣れていただこうというくらいの意気込みですね。

RUCM: …言いにくいのですが、数式が出てくるとどうしても読みにくいし、読むスピードが落ちてしまいます。

結城: よく言ってくださいました。それは登場人物の悩みでもあります。

RUCM: え、えっと。著者である結城さんの悩みということですか?

結城: いえいえ。 登場人物たち——高校生の彼らも数式にチャレンジします。 その様子を読者のみなさんにもいっしょに追体験してもらいたいんです。 登場する男の子や女の子が数式で苦労したり悩んだりする場面も登場します。 ああでもない、こうでもない。これでいいんだろうかと。 ですから、『数学ガール』では数式で読者を置いてけぼりにするのではなく、 いっしょに数式をやってみようよ、彼らもがんばってるし…という方向で話が進みます。

RUCM: なるほど…とはいえ、ちょっと不安です。わからなかったらどうしようと。

結城: わからなかったら、その数式はながめるだけにして、先に進んでください(笑)。

RUCM: あ、いいんですか(笑)。

結城: 大丈夫です。先に進んでください(笑)。 でも、がんばって読んでほしいのも事実です。 そこで、数式をきちんと読んでいれば「はっ」と気づくように、 ストーリーの中にはたくさんの工夫がしてあります。

RUCM: ほう。

結城: ですから、読者の数学的理解に応じて、ストーリーが何重にも楽しめるようになっているんです。 数式をちゃんと読もうとした「ご褒美」ですね。


登場人物とストーリー

RUCM: では、登場人物とストーリーということで、 あらましを不都合のない範囲で教えていただけますか。

結城: はい。主な登場人物は三人です。 まず語り部である「僕」ですね。彼は高校二年生。あ、でも物語のはじめは高校に入ったばかりです。 数学が好きだけれど人付き合いはあまり得意じゃない。 部活もやってなくて、放課後は図書室で数学をやっている。

RUCM: ちょっとクラいですね。

結城: あー、まあ、そう考える人もいるかもしれません。

RUCM: 違うんでしょうか。

結城: いや、あまり彼のことは決めつけないようにしているんです。 …で、入学初日に美少女ミルカさんに出会う。 クラスメイトですね。彼女は数学がたいへん得意。

RUCM: 数学が得意な美少女。

結城: ミルカさんは非常に賢い。 長い髪の眼鏡っ娘です。

RUCM: 力が入ってますが、眼鏡、重要なんですか(笑)。

結城: 重要です(笑)。

RUCM: (笑)

結城: ミルカさんが「僕」に問題を出したり、 「僕」が解いている問題にミルカさんが口出ししたりという関係ですね。 放課後の図書室で、いっしょに問題を解きます。

RUCM: 数学が取り持つ仲?

結城: そう単純じゃないですけれどね。

RUCM: 話が前後してしまうのですが、この『数学ガール』はいわゆるライトノベルなのでしょうか。

結城: それは、ライトノベルの定義によります。 ライトノベルだと断言しちゃうと、 詳しい人に怒られそうな気がするので、 ライトノベル風、と濁しておきます(笑)

RUCM: (笑)

結城: さて、「僕」とミルカさんの二人がいて…、 一年後、その輪にもう一人の女の子が加わります。 それが、バタバタしている元気少女テトラちゃん。 「僕」の後輩です。 テトラちゃんは数学がちょっと苦手…というか、苦手意識を持っています。 で、テトラちゃんは、数学が好きな先輩である「僕」に「数学を教えてほしい」と持ちかけるわけです。

RUCM: これは…古典的学園ラブコメの王道パターンでしょうか(笑)

結城: でも、「朝、トーストをくわえて走ってくる女の子と出会い頭に衝突してしまい、遅刻しそうになり、 何とか教室にたどり着くと、実は朝ぶつかった女の子は転校生だった」 という展開はありません。

RUCM: …結城さん、いまなにげに学園エヴァの冒頭を一息で言いましたね。

結城: いや、まあ…。 今回の『数学ガール』は、見方によってはラブコメですけれど、 あまりくどくはない…はずです。 高校生にとって異性の存在は重要です。 でも、それと同時に未知の問題にチャレンジするのも重要な意味を持っている、 とわたしは思っています。

RUCM: なるほど。

結城: ちなみに、テトラちゃんは眼鏡なしです。

RUCM: は、はい…。


どんな人に読んでもらいたい?

RUCM: ところで、 今回の『数学ガール』の読者さんというのは、 高校生ということでしょうか。

結城: ええ、もちろん高校生には読んでもらいたいです。 私自身、もし高校生の頃に『数学ガール』に出会っていたら、とても楽しめたんじゃないかと思います。 もしかしたら、楽しく読める中学生もいるかもしれません。 中学、高校、専門学校などの学校によらず、 数学に興味がある人なら誰でも楽しめると思っています。 もちろん、社会人でも楽しめるはずです。 たとえば、いまはIT関係の仕事をしていて、数学を直接は扱ってないという人などにもお勧めできます。 社会人でも、自分の高校時代をふっと思い出すきっかけになるんじゃないかな、と。 草稿を読んでいただいたレビューアさんの一人からは、『数学ガール』を読んで、もっと勉強したくなったというメールをいただきましたね。

RUCM: 大学生はいかがでしょう。 理工系あるいは情報系の大学生には物足りないでしょうか。

結城: あ、もちろん大学生も楽しめると思いますよ。 先ほども話しましたが、読者の理解に応じて受ける印象は違うでしょうね。 『数学ガール』のはじめのほうは大学生にはやさしい内容だと思いますが、 後半部分になると、数学が得意な方であればあるほど、 深く楽しめるんじゃないかと思います。 ある大学の先生からは「勉強になりました」とおほめの言葉をいただきました。

RUCM: 読者の理解に応じて、 多様な楽しみができる本ということですね。


扱っている数学的内容は?

RUCM: では、その数学的な内容について教えてください。

結城: さまざまな内容を扱っています。 小学生にも解けるような数列クイズからはじまって、 中学生・高校生が扱うような素数・絶対値・因数分解・式の展開などが登場します。 「僕」とテトラちゃんの会話を通して数式というものの読み方についても学びます。 あ、相加相乗平均の関係というのもありますね。 微分積分も出てきますが、どちらかといえば積分よりも微分が多いですかね。 で、それと絡み合うようにして、フィボナッチ数列が出てきます。 調和数テイラー展開などになってくると、だんだん大学に近づいてきますね。

RUCM: テイラー展開って、どこかで聞いたことがあります。 …ってわたしみたいに「聞いたことがあります」レベルの人が読んでも大丈夫でしょうか。

結城: 大丈夫ですよ。 テトラちゃんは微分もよくわかってないみたいですし、 でもいつでも元気いっぱい、わからなくてもチャレンジ・チャレンジです。 「今はわからなくても、こちらに進めば、そのうちこれに出会うんだな」 という理解の仕方もありですね。 それから、本書の後半に入ると、テイラー展開のような冪級数展開と絡めて、 母関数という数学上の強力な武器が重要なテーマになります。

RUCM: 母関数って聞いたことありませんが…。

結城: 大丈夫です。本書の読者の大半は聞いたことがないはずです。 でも数学を専門にやっている人は母関数(生成関数)はよく知っているはず。 クヌース先生が書いている『コンピュータの数学』また『The Art of Computer Programming』でも、 母関数が重要な役割を担っていますね。

RUCM: へえ…コンピュータに関係してくるのですか。

結城: コンピュータというか、アルゴリズムの解析で出てきますね。


「旅の地図」と「ファンタジーの法則」

RUCM: お話を聞いていて、おもしろそう…とも思うのですが、やっぱり数式が出てくると不安です。

結城: 大丈夫。難しい数式はながめるだけでもOKです。 完全には読み飛ばさず、ながめて進むのがコツかもしれません。 数式を長く追わなければいけないときには、数式を斜め読みした人のために「旅の地図」が置かれます

RUCM: 旅の地図——ですか?

結城: そう。数式の展開というのは長丁場なので、途中で多くの人がいやになります。 途中でいやになっちゃうと、先も読みたくないですよね。 そこで、数式を追うのが途中でいやになっても、「大きな話の流れ」はつかめるようにしてあるんです。 細かい数式は追えなくても「ああ、ここでこういう式を証明するんだな。そのために、こちらとこちらをこうするんだな」という動きですね。

RUCM: それを地図と表現したと。

結城: そうです。それに実際、地図なんですよ。 実は今回の本で、私たちは何度も「二つの国」を行き来します。旅します。 旅には地図は欠かせませんよね。

RUCM: 二つの国?

結城: ある旅では「離散の国」と「連続の国」を行き来します。 また別の旅では「数列の国」と「母関数の国」を行き来します。 二つの国を行き来することで、理解が深まったり、問題が解けたりするんです。 このような「数学読み物」はきわめて珍しいと思いますよ。 私自身は、読んでいて何度もわくわくしました。 数学ってこんなにダイナミックなんだ!と。

RUCM: ファンタジーですね。

結城: その通りです。私が書いた『プログラマの数学』の最終章でわたしは「ファンタジーの法則」という話を書きました。 問題を解くのに、いったん別世界に行く。そしてその世界で問題を解き、解答をこちらに持ち帰る。 今回の『数学ガール』では、そのファンタジーの法則の実例をいくつかお目に掛けているともいえるでしょう。 このような「二つの世界を行きめぐる旅」というのは、 実際に体験してみると、言葉に出来ないような自由な喜びにあふれているんです。 わたしは、このような体験を「学ぶということの醍醐味」だと思っています。


《理系にとって最強の萌え》

RUCM: 今回の『数学ガール』は書き下ろしの本ですか。

結城: はい、書き下ろしではありますが、一部分はWebで公開した物語をベースにしています。 2002年頃から、わたしは自分のWebサイト 「プログラミングのエッセンス」「心の物語」というコーナーで いろんな物語を不定期に書いていました。 しだいに数学と女の子が登場する物語が増えてきたので「数学ガール」というコーナーに移し、 そこに書きためるようになりました。

RUCM: はい。

結城: そこに書いた内容はけっこう骨のあるものなのですが、 読んでくださった読者さんたちから、 「このミルカさんシリーズはいつ本になるのだ」 という熱いメッセージをたくさんいただきました。 ある方からは《理系にとって最強の萌え》という賛辞までいただきました。

RUCM: 《理系にとって最強の萌え》…ってすごい表現ですね。

結城: すごいですよね。 でも、わたし自身も「そうかも」って思ったりします。 数学に強い、って萌え要素だと思いませんか(笑)。

RUCM: …どうでしょうか。 文系の私としては微妙なところで、 眼鏡をかけて数学に強い女の子だと、ちょっと引いちゃいますかね。 自分が負けそうで。

結城: 自分が負けそう…そこがいいんですよ。

RUCM: 結城さん、チカラ、入っていますね(笑)。

結城: そのあたりの機微はぜひ本書で!(笑)

RUCM: (笑)。 話を戻しますが、Webでの公開が人気だったと。

結城: はい。 それでですね。Webで公開したものをベースに再構成しなおして、 新たな章もたくさん書き、ある程度まとまったところで、 編集さんに「本にしましょう!」と掛け合いました。 Webでの読者さんの反応などもまとめて「ほら、こんなに読者さんが!」と「営業」したわけです。 そういう意味で、この『数学ガール』の書籍化にあたっては、 Web版を応援してくださった読者のみなさんからの応援メッセージが重要な役割を果たしているんです。 みなさんに、ほんとうに感謝です。

RUCM: なるほど。で、編集さんの反応はいかがでした。

結城: ここでは言えない不思議な経緯がいろいろありまして「やってみましょうか」と。

RUCM: そこ、そこを詳しく(kwsk)!

結城: 筆者としては、 何となく言外に(売れるのだろうか)という不安をはじめのうちは感じ取りましたが(苦笑)

RUCM: (苦笑)

結城: ぜひ読者さんにお願いしたいです。 この本、早めにお買い求めください! たくさん売れたら続編も出るかも!

RUCM: 何ですかそれは(苦笑)。

結城: 営業活動です(苦笑)。 あ——でもこんなことしゃべったら出版社さんから怒られるかな…(笑)。

RUCM: 大丈夫ですよ(笑)。

結城: ともかく、ゴーサインが出まして、本としてまとめることになりました。 その際に、 編集さんや、それからボランティアでお願いしているレビューアさんたちからのフィードバックを受けて、 当初はむずかしめだった内容を、かなり読みやすく書き直しました。 つまづきそうな「数式の読み方」の話題を前にもってくるなどですね。 Webで公開した作品も本書に含まれていますが、 Webで公開されているものよりも格段に読みやすく、わかりやすくなっているはずです。

RUCM: 現在Webで公開している作品は、出版後は引っ込めることになりますか?

結城: いえいえ、すでにWebで公開しているものは出版後もずっと公開し続けます。 自由に、無料で読むことができます。 ユーザ登録も何も要りません。 ぜひ、お読みください(あ、でも無理に読まなければならないってわけじゃありません)。

RUCM: こんなことお聞きしてよいのかどうかわかりませんが、 一部だとはいえ、無料でWeb公開していたら、 御本が売れなくなったりしないんでしょうか。

結城: そんなことはない、と私は思っています。 まあ、少なくとも『数学ガール』に関しては、ですが。 Webで公開しているものを見てもらい、 興味を持っていただくことのほうが大事だと思っています。

RUCM: Webで公開しているものを読んで「もう十分だから買わなくていいや」とはならないんでしょうか。

結城: ええ、そういうこともあるかもしれません。 でも、その読者さんはもともと『数学ガール』という書籍の購買者じゃなかったわけですよね。 だから結局、著者として「損」はしないわけです。 読者さんも無駄なお金を使わないから「損」をしない。これは良いことだと思います。

RUCM: すごい割り切りですね。

結城: そうですか? …そうかなあ。 私が避けたい状況というのは三つあります。 一つは、読者さんが「せっかくお金を出して買ったけれど、つまんなかった」と感じてしまうケース。 もし、そう感じそうな読者さんは、アマゾンなどのWeb書店ではなく、リアル書店でぱらぱら見てからご購入ください。 そうすれば「外れ」の確率を減らせます。 もう一つは、読んで楽しめるはずの読者さんに『数学ガール』という本の存在が伝わらないケース。 それから最後に「難しそうだからいいや」と食わず嫌いされてしまうケース。 この二つを解決するには、適切な宣伝が必要だと思っています。 で、ここからは読者さんへのお願いなのですが、 この『数学ガール』を読んでくださって、もしおもしろいと感じたなら、 ぜひ「その本を楽しめそうなお友達」へ紹介してくださいね! で、その際にWeb版「数学ガール」を利用していただければと思っています。


レビューのこと

RUCM: 今回の『数学ガール』もボランティアのレビューアさんに?

結城: はい。 公募はしませんでしたけれど、いつもレビューしていただいている人や、 今回の内容に興味を持っていただけそうな方に「レビューしていただけませんか?」と声を掛けました。 草稿段階の原稿をお送りして、それに対して感想や意見をいっていただくというシステムです。

RUCM: それは、社会人の方になりますか。

結城: いろいろです。現役の高校生、大学生、大学院生、会社にお勤めの方、 それから高校の先生、大学の先生などですね。 多様なコメントを参考にして文章や内容をブラッシュアップしました。 ブラッシュアップというか…章立てまで変えましたね。

RUCM: あの… 著者の方って、 間違いの指摘などをされた場合に、 不愉快になったりはしないものなんでしょうか。

結城: とんでもないです。 そういう方もいるでしょうけれど、私はまったく逆です。 間違いの指摘、大歓迎です。 それこそ、自分以外の人に読んでもらう最大の理由ですよね。 自分以外の視点を得るというのはとても貴重なことです。

RUCM: 間違いの指摘と…感想なども?

結城: そうですね。読んでもらった感触をそのまま書いていただきました。 ほんの一部ですけれど、レビューアさんの感想を抜粋したものは「読者の声」として公開する予定です。


ミルカさん派とテトラちゃん派

RUCM: レビューアのみなさんは、おもしろがってくださった?

結城: はい。 「ここがおもしろい」とか「ここは難しいな」などのフィードバックをもらいました。 数式が出てくる物語という不思議なものを読み込んでくださってありがたいです。 人によって「おもしろい」と感じるポイントが違うのが興味深かったです。

RUCM: といいますと?

結城: 本書の前半では「ミルカさんがメインの章」と「テトラちゃんがメインの章」が分かれています。 端的にいえば、ミルカさんがメインの章は難しめで、テトラちゃんがメインの章は易しめになります。

RUCM: なるほど。

結城: で、「ミルカさんが出てこないとつまらない」と感じる人もいれば「テトラちゃんが出てくるとほっとします」と言ってくださる方もいるんです。 私はひそかにミルカさん派テトラちゃん派と呼んでいますが。

RUCM: それぞれにファンがいるんですね。

結城: 後半に入ると一つの章が長くなってくるのですが、 そこではもうどちらの女の子がメインということはなく、 二人が絶妙な驚くべきチームワーク…っていうのかな…を見せてくれるんですが、 まあ、それは読んでのお楽しみということにしましょう。

RUCM: 楽しみですね。 ちなみに、結城さんは「どちら派」なんですか?

結城: え、私ですか? Webで書き始めた当初は、テトラちゃんはいなかったんですよ。 ミルカさんだけ。つまりもともと私はミルカさん派だったわけです。 ところが、ある作品で一瞬だけテトラちゃんが出てきたんですね。 まあそこでは「後輩の女の子」としか書かれていなかったんですが、 そのとき「あの後輩の女の子が気になる」というメールをたくさんの読者さんからもらいました。 それがきっかけでテトラちゃんがメインの作品も書くようになりました。 テトラちゃんは、いわば読者さんの声で生まれたのですね。 で、書いているうちに、ミルカさんとテトラちゃんという二人の女の子は、 私の中でしっかりした存在になってきました。 ということで現在は私は「どちら派」でもありません。 二人のやりとりにしっかり耳を傾けて、きちんと文章に残してやりたいと思っています。

RUCM: 「僕」もいますよね(笑)。

結城: あ、まあ、いますね(笑)。 まあ、彼も重要ですよ。うん。

RUCM: ずいぶんテンションが違いますね(笑)。 あ、語り部の「僕」は結城さんがモデルという感じですか。

結城: いや、そういうわけでもない…というか、 ミルカさんとテトラちゃん、それに「僕」の三人とも、 私の一部分を拡大している感じはしますが。 でも三人とも、私を直接モデルにしたわけじゃないですね。


オイラー生誕300年のこと

RUCM: 2007年は、数学者オイラーの生誕300年ということですが、 『数学ガール』にはオイラーが関連しているのでしょうか。

結城: はい、そうですね。 『数学ガール』にはオイラーが深く関わっています。 もっとも、数学に対してオイラー先生が果たした役割というのははかりしれないものがあって、 オイラー先生に関連しない数学の話題を出すのは難しいのですけれど。

RUCM: オイラーというのは、どういう仕事をした数学者なのでしょうか。

結城: オイラー先生はおそらく歴史上もっとも多産な数学者でして、 現在でもオイラー先生の仕事の全貌はつかめていないのです。 「全集」のお仕事がまだ続いているようです。

RUCM: 一般の人に親しまれているものでいうと…。

結城: 有名なのは「ケーニヒスベルグの橋」で、 七つの橋を一筆書きのように渡るという問題ですね。 グラフ理論の端緒といわれていますが。 これは『プログラマの数学』にも書きました。

RUCM: ははあ。

結城: 円周率をπ、自然対数の底をe、そして虚数単位をiで表したのもオイラー先生です。

RUCM: あっ、そうなんですか。

結城: そうです。そして、まあ当然なんですが、 『数学ガール』でも円周率、自然対数、そして虚数単位は登場します。

RUCM: なるほど。

結城: でも、詳しくは本書を読んでいただきたいのですが、 本書の中には随所にオイラー先生の精神が現れていると思っています。 それは「数学を自由に楽しもう」という態度です。 オイラー先生の著書を読むと、何というか、こう、「計算大好き!」という気持ちがみなぎっているんです。 とにかくたくさん計算をする。それがまた非常に具体的。 自分のアイディアを具体的な計算で描いているというのでしょうか。 現代的な眼から見たら、不十分な面もあるのでしょうけれど、 そんなのを吹き飛ばすくらい元気が良いですね。

RUCM: 「計算大好き!」って面白いですね。 オイラーは計算萌え!なんですね(笑)。

結城: そうですね(笑)。 以前作った 数学あいうえおでも、私は「あきずに いつまでも うれしそうに えだわかれをかぞえる おいらー」と表現しました。

RUCM: あ、この「数学あいうえお」の最後にも女の子が出てきますね(笑)。

結城: ほんとだ!(笑) …… 話を『数学ガール』に戻します。 本書の書き始めの頃は、特にオイラー先生を意識することはなかったんですが、 ミルカさんやテトラちゃんや「僕」に問題を解いてもらっているうちに、 その背後にいつもオイラー先生の存在が感じられるようになってきたんです。

RUCM: へえ…。

結城: それで、全面的にオイラー先生の息吹が掛かるようにトーンを整えるようにしました。

RUCM: 『数学ガール』でお使いになった字体(フォント)もオイラーという名前なんだそうですね。

結城: はい、そうです。AMS Eulerというフォントです。 Zapfという有名なフォントデザイナーがデザインした数式用フォントで、 これはクヌース先生が『コンピュータの数学』(Concrete Mathematics)という本を書くときに使われたんです。

RUCM: 数式用フォント…。

結城: ええ。 字のうまい数学者が板書をしたときのようなデザインになっているんだそうです。 たとえば数字のゼロ。上のほうがとんがっているんです。 それから、あるレビューアさんからは、小さめのフォントでも、添字や指数が読みやすいという感想もありました。

RUCM: では『数学ガール』は全面的にオイラーの雰囲気を漂わせているということになりますね。

結城: そううまくいっていると良いですね。 ともかく、私の持っている力はすべて注いで書きましたから、 わたし的には満足しているのですが。 あとは読者さんとうまく波長が合ってくれればうれしいです。


数学と物語が響き合う作品を目指して

RUCM: 今回、 数学的にしっかりした内容を、 あえて物語仕立てになさったわけですが、 その目的…のようなものがありましたら教えていただけますか。

結城: 数学的な内容をそのまま解説書のような形にしなかった理由ということですね。

RUCM: はい。

結城: そうですね…。先ほども少し触れましたが、もともとは本にすることは考えていなくて、 私の心に浮かんだまま、物語を書いていたんですね。 すると、なぜか、数学と女の子がからむような話がよく出てくるんです。 その理由は私にも説明はできないんですが。 だから、最初から「数学を解説する」というつもりではなかったんです。 むしろ、「物語の中に数学が出てきた」ほうが近いかもしれません。

RUCM: 物語の中に数学が出てくること自体はそれほど珍しくはないように思います。 先日も、映画にもなったベストセラー『博士の愛した数式』という本がありましたね。

結城: ええ、あれは素晴らしい本ですよね。あそこにもオイラーが出てきてました。

RUCM: でも、物語に数学を絡めるとしても、 あまり数式を出すことはないと思うんですが、いかがですか。

結城: そうですね。数式をたくさん出した物語は少ないでしょうね。 ひとつにはやはり、数式が出てくると「難しい」というイメージが先行してしまう。 それで売れ行きに影響してしまうのはいやなんでしょう。 それから数式が出てくる物語は、そもそも書くのが非常に難しい。

RUCM: それは…?

結城: 話と無関係に数式を出してもしょうがないですよね。 話の流れの必然として数式が出てきた方がよい、と私は思っています。 といっても、数学的内容を説明するだけのために登場人物をご都合主義的に動かすわけにもいかない。 登場人物は生きているからです。 だから、数学的内容も大切にし、また物語も大切にした上で、 両者を相補的に働かせたいと思うんです。 数学的内容が分かれば物語をより深く理解できると同時に、 物語の世界に深く入り込めば、数学的内容も感覚的によく理解できるように…。

RUCM: …それって、素人考え的には不可能なように思えるんですけれど、いかがでしょう。

結城: 不可能と言われると困っちゃうんですが…。 今回の『数学ガール』を本にするにあたって、 私は「数学的内容と物語がうまく対応するように」ということを念頭に置きました。 いわば…《数学と物語という二つの声が響き合って、一つの音楽を生み出す》ことを願っているんです。

RUCM: なるほど。 読者にその響きが伝わると良いですね。

結城: ええ、本当にそう思います。


読者さんへ向けてのメッセージ

RUCM: 長時間にわたって楽しいお話をありがとうございました。 最後に、読者さんへ向けてのメッセージがありましたら…。

結城: はい。 では読者さんへ向けてのメッセージということで…。 今回、私のすべてを注ぎ込むようにして『数学ガール』という本を書きました。 楽しく読んでいただければうれしいです。 でも、それだけではなく、ぜひこの本に込められたメッセージを受け取ってください。 他の人のせいにするのではなく、自分から学ぶということ。 一人だけで学ぶのではなく、他の人と共に学ぶということ。 広く、深く、自分の納得のいくまで学び抜くということ…。 あなたの人生が、実り多きものになることを心から祈っています。 神さまの祝福が豊かにありますように、イエス・キリストの名前でお祈りします。

RUCM: 本日は、どうもありがとうございました。

結城: こちらこそ、ありがとうございました。 インタビューをしてくださったあなたの上にも神さまの祝福がありますように。

RUCM: あ、はい…。ありがとうございます!


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書籍『数学ガール』

『数学ガール』は、三人の高校生が数学にチャレンジする楽しい読み物です。 才媛ミルカさん、元気少女テトラちゃん、 それに「僕」の三人が放課後の図書室で…教室で…喫茶店で、 学校の数学とはひとあじ違う数学に挑戦します。 数学的内容はいたって真面目、きわめて真剣です。 目指せ《理系にとって最強の萌え》。