2006年7月

結城浩の日記

目次

2006年7月30日

正八面体一筆書きパズル(解答編) この記事(2006年7月30日21:03)を含む「はてなブックマーク」    

問題編はこちらです。

以下、結城の解答と、みなさんの解答をご紹介します。

解答

そのような一筆書きの方法は存在しない。

証明

正八面体のすべての頂点からは4本の辺が出ている。 一筆書きをするためには、各頂点には矢印の「先」が2つと「尾」が2つ接している必要がある。

ある頂点Xに注目すると、その矢印の向きのパターンは、本質的に以下の二つしかない (すべての矢印の向きを逆転したり、図形を回転したりすれば この二つのどちらかに合わせることができる)。

(1)
  U
  ↑
L→X←R
  ↓
  D
(2)
  U
  ↓
L→X→R
  ↓
  D

◆(1) の場合

赤く塗る面を作らないような制限を考えると、

しかし、このときUに矢印の「先」が3個集まってしまい、一筆書きができなくなる。

よって、(1)はありえない。

◆(2) の場合

同様に考える。

次にD→RかR→Dを決定しようとする。 ところがD→RとするとRに矢印の「先」が3個集まるし、 R→Dとすると今度はDに矢印の「先」が3個集まってしまう。

よって、(2)もありえない。

以上で、題意を満たすような一筆書きの方法は存在しないことが証明された。

読者のみなさんの解答

※そのほかにも多数解答をいただきましたが、省略させてください。 すみませんです。

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2006年7月28日

立方体切断パズル(解答編) この記事(2006年7月28日07:15)を含む「はてなブックマーク」    

連載原稿は無事に出せました(^_^;

問題編はこちらです。

以下、結城の解答と、みなさんの解答をご紹介します。

はっきりいって、 みなさんの解答は、結城の解答よりもずっと面白くて「美しい」ものが多いです。 ありがとうございます!

解答

(1) 4通り。

(2) 14個。

(3) 以下のような(a)(b)二種類の「かけら」ができる。

(4) 計算の概略を示す。

余談

この問題を考えていたときのこと。 (1)〜(3)はノートにメモを書いてわかったのですが、 これが「正しいか」と言われるとあまり自信はありませんでした。 何だか、どこかに隙間や重なりがあるような気がしてなりませんでした(^_^; でも、(4)のような体積を計算して一致することを確認してみると、 「あ、これで正しいんだ」という確信の度合いが不思議なほど強くなりました。

読者のみなさんの解答

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2006年7月27日

正八面体一筆書きパズル(問題編) この記事(2006年7月27日08:42)を含む「はてなブックマーク」    

先日の「立方体切断パズル」の答えを書く前に、 昨晩ふと思いついたパズルを出題しておきましょう。

まえおきが長いですが、これは言葉だけで説明しているからです。 内容は難しくありません。 夏休みで夜更かししていた長男に 出題したところ(ちょっとヒントは出したけれど) 約10分程度で解いていました。

まえおき

【一筆書き】 正八面体の辺を一筆書きします。 すなわち、正八面体の一つの頂点からはじめて、 すべての辺を巡り歩きます。 頂点は何度通ってもかまいませんが、辺は一度しか通ってはいけません。 また、すべての辺は必ず少なくとも一度は通らなければなりません(これが一筆書きの意味ですね)。 正八面体の一筆書きはそれほど難しくありません。 慣れている人なら頭の中でもできると思います。 また、どの点からはじめるか、どちらの辺に進むかを考えれば、 正八面体の一筆書き方法は何通りもあることがわかるでしょう。

【辺への矢印づけ】 さて、正八面体の一筆書きで、各辺をどちら向きに通ったか、 それぞれの辺に「矢印をつける」ことで表しましょう。 一筆書きでは、すべての辺は一度だけ通過しますから、 ある一筆書きの方法に対応して、すべての辺で矢印の向きが定まりますね。

【面への色づけ】 次に、正八面体の各面に着目します。 面を囲む辺は三本あります。それぞれの辺には矢印がついています。 三本の矢印を見たとき、あちらこちらの向きになっているかもしれませんし、 ちょうど面をぐるりと回る向きになっているかもしれません。 ぐるりと回る向きというのは、 三本の矢印の「先」が隣の矢印の「尾」に接しているような状況です。 矢印の先どうし、矢印の尾どうしは接していないということですね。 もしも、矢印が面をぐるりと回る向きになっている面があったら、 その面を「赤く塗る」ことにしましょう(右回り・左回りは問いません)。

問題

赤く塗る面が一つも存在しないような、 正八面体の一筆書き方法はあるでしょうか。 あるならその方法を示し、 なければそのことを証明してください。

解答したい方はfeedbackからどうぞ。 いつものように、 解答は、日記などで公開させていただくかもしれませんので、そのおつもりで。 もちろん、自分のblogに書いて、URLを送ってくださってもOKです (どちらかといえばURLを送ってもらうほうがよいです)。

結城の用意した解答は、数日後に公開します。

Enjoy!

解答編はこちらです。

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2006年7月24日

立方体切断パズル(問題編) この記事(2006年7月24日22:53)を含む「はてなブックマーク」    

連載記事の原稿を書いている。 今日はもう疲れたので、数学パズルをしましょう。

森博嗣の立方体を真っ二つを読んで思いついたパズル。

問題

一辺の長さが1の立方体を平面で切断します。 うまく切断すると、断面が正六角形になりますね。 鏡像や回転を同一視しないで、別のものとして数えることにしますと、 断面が正六角形になる切り方は一通りではありません。

(1) 断面が正六角形になる切り方は何通りあるでしょうか。

(2) その切り方をすべて使って立方体を切り刻んだとき、 全部で何個の「かけら」に分解されることになるでしょうか。

(3) どのような形の「かけら」が何個できるか、内訳を簡単に説明してください。

(4) 「かけら」の体積を計算して、 その総和が立方体の体積(つまり1)に一致することを示してください。

解答したい方はfeedbackからどうぞ。 いつものように、 解答は、日記などで公開させていただくかもしれませんので、そのおつもりで。 もちろん、自分のblogに書いて、URLを送ってくださってもOKです (どちらかといえばURLを送ってもらうほうがよいです)。

結城の用意した解答は、数日後に公開します。

Enjoy!

解答編はこちらです。

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2006年7月20日

サイン・コサインの湯 この記事(2006年7月20日22:55)を含む「はてなブックマーク」    

お風呂にて。

私「サイン・コサインって聞いたことある?」

長男「ええと、うん、聞いたことはある。タンジェント?」

私「そう、サイン・コサイン・タンジェント。たとえばここに、一メートルの針があるとする」

長男「ふんふん」

私「ないよ!」

長男「え?」

私「一メートルの針なんてない。ごめん。言い間違い。一メートルの棒があるとする」

長男「なんだよ、それ」

私「まあいいから。で、その棒の片方を固定して、コンパスみたいにぐるりんこんと回すとしよう。ここだとタイルの壁の上だから、棒を壁に沿わせて縦に回すことになるけれど」

長男「ふんふん」

私「そのとき、棒の端っこは円を描くね」

長男「そうだね」

私「最初角度がゼロ度のとき、端の高さは0だ」

長男「うん」

私「で、90度のとき、端の高さは1になる。0度から90度まで動かしていくと、高さはだんだん高くなっていく」

長男「はいはい」

私「このとき、角度から高さを求める関数がサインになる」

長男「へえ、そうなんだ」

私「90度を越して、180度まで動かしていくと、高さはだんだん低くなる」

長男「そうだね」

私「では問題。0度から180度まででサインが一番大きくなるときの角度は?」

長男「それは90度」

私「はい正解。ではサインが一番小さくなるのは?」

長男「0度と180度」

私「よしよし、よく180度忘れなかったね」

長男「へへっ」

私「サインが高さ――つまりY軸への影だとすると、X軸への影がコサインになる」

長男「ふうん」

私「0度のときコサインは1になる。そして90度に向かうときコサインは1からだんだん0に減っていく」

長男「はじめはゆっくり減って後から速く減るね」

私「そうそう!よくわかるね。そして…90度を越すと今度はコサインはマイナスになる。180度のとき、コサインは-1になる」

長男「ははあ、なるほど」

私「さっき、0度から180度の範囲ではサインは0以上だったけれど、180度を越すと今度はサインがマイナスになる」

長男「あっ、わかったわかった。あのね、サイン・コサインの順でいうとここ(第一象限を指さす)がプラス・プラスでしょ」

私「そうだね」

長男「そしてここがプラス・マイナス、こっちがマイナス・マイナス。そしてここがマイナス・プラスだ」

私「そのとおり!すごいまとめだ!」

長男「へへへ」

私「棒をぐるぐる回したとき、Y軸への影はこんな風に振動し、X軸の影も振動する。少しずれているけれど、実は振動の様子は同じだ。わかりにくいから別のグラフにして、こんなふうに描いたもの、これがサイン・カーブになる」

長男「ふうん」

私「音叉ってあるでしょ?ポーン、という音を出したとき、その波形はサイン・カーブになる」

長男「あ、そうなんだ」

私「小学校では0度から360度のように角度を表すけれど、もう少しするとラジアンという角度の表し方を習うよ」

長男「ラジアン?」

私「そう。ラジアン。0度は0ラジアン。180度はπ(パイ)ラジアン。つまりだいたい3.14ラジアンだね」

長男「え、えええ?さっぱりわからん」

私「単なる比例だよ。360度になると2πラジアン」

長男「6.28ってこと?」

私「そうだね」

長男「なにそれ」

私「半径1の円の円周の長さは?」

長男「え?――6.28だね」

私「そう。2πになるよね。この円周に相当する角度がちょうど2πラジアンなんだ」

長男「?」

私「円周の半分の弧の長さはπだ。この円弧に相当する角度がちょうどπラジアン。つまり、ラジアンは、半径が1の円の「円弧の長さ」を使って「その円弧に対応する角度」を表しているんだよ」

長男「ほほう…」

私「度をラジアンに変換するのは簡単だ。360で割って2πを掛ければよい」

長男「6.28×角度÷360でもいいよね」

私「もちろん。逆にラジアンを度に変換するのも楽。2πで割って360を掛ければOK」

長男「ふんふん」

※追記:数学で半径をrとおくのは、radian(ラジアン)から来たのではなくradius(半径)から来たのだと思います(少なくとも直接は) > メールくださった方へ。

※追記:id:okamoto7さんから、比であることを明示したほうがよいという主旨のコメントをいただきました。ありがとうございます。上の会話では「ラジアンが長さを長さで割った無次元量になっている」ことが明確になっていないのですね(リアル会話なのでしょうがないといえばしょうがないですが(^_^;)。 「ラジアンは(円弧の長さ)÷(半径の長さ)という量を使って角度を表している」ということです。

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学ぶって、喜びなんですよね この記事(2006年7月20日00:01)を含む「はてなブックマーク」    

ええ、なかなか直接聞くわけにはいきません。 彼らに表立ってインタビューしているわけじゃありませんからね。 かといって何もしないでいては、何もわかりませんし。 ですからその案配が難しいところなのです。

できるだけ、彼らの生活を乱さないように…。 いわば、そうですね。黒子のようにして私は彼らのそばにいる。 そして彼らの交わす言葉に耳をすまし、しっかりメモを取る。 それが基本になりますかね。 メモを整理してまとめるのは難しく、 やっぱり時間がかかってしまうんですが。

生活を乱さないようにとはいえ、 ときどきは、「僕」と呼ばれている男の子の心の中に入って、 何をどう感じているのか、また次に何をやろうとしているのか、 などを詳しく調べる必要があります。 でないと、どうにも先に進まないし。

とはいえ、彼らをコントロールすることはできないです。 こちらの考えた流れに彼らを乗せる、というのは無理なんです。 彼らには彼らの生活があり、毎日思うことがあるわけですから、 勝手に動かすわけにはいきません。

ですから、大事なのは適切な課題…というか問題を ふっと彼らの前に置いてやることなんです。 まだよく訓練ができていないあの娘にも、 数式変形が好きだという彼にも、 そして目をつむっては不思議な発想を展開する彼女にも、 彼らみんなを何らかの形で満足させるような、 楽しませるような、そんな課題を用意してあげることが大事なのかな、 と思うのです。

彼らのアプローチはそれぞれちがいますね。 彼はとにかく数式変形が好きみたいです。 でも、あの賢い女の子は新しいひらめきや、 それに、説明のおもしろさというところに興味があるようです。 バタバタしているあの娘は、チャレンジ精神が旺盛でよいですね。 まずはまっすぐ体当たり!というのが好きなのかもしれません。 いつも元気いっぱいです。

彼らと共に歩むのはとても楽しいことです。 また、ある意味不思議なのですが、 私自身もはっと気づかされることが多いんです。 学ばされるというか…。

彼らには「受験」がありますけれど、私にはもうないですから、 彼らのような才気はないにせよ、毎日の数学を愉しむ余裕はありますね。 んー、いやいや、彼らだって、受験なんのその。 毎日愉しみつつ勉強してるようだなあ。ちょっぴりうらやましい、かも。

私の毎日はとても忙しく「やるべきこと」であふれかえっています。 原稿だの〆切だの。 でも、その合間を縫うようにして、高校生の彼らと接するのは、 私の最近の楽しみですね。 彼らを見ていると 「ああ、ほんとうに学ぶって楽しいことなんだ。わくわくすることなんだ」 って思えてくるんです。

学ぶって、喜びなんですよね。

※注意:新作が出たわけではありません

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2006年7月13日

単純なようでいて、豊かな毎日 この記事(2006年7月13日00:33)を含む「はてなブックマーク」    

もうずいぶんと昔の話。

私のお姉ちゃん(そう、スレッド本の謝辞に登場したお姉ちゃん)がはじめての子供を産んで しばらく経った頃のこと(もう20年近く前かな)。 実家から車で一時間くらいのところにある、お姉ちゃんの嫁ぎ先に出かけていき、 赤ちゃんをだっこした。こちらの声が聞こえていたかどうかしらないけれど、 声をかけたり、あやしたりした。

で、帰りの車の中で私は思った。 そのときは、私の母が車を運転していたと思う。

人は――人は自分の人生を生きる。 そして子供が生まれると、自分の人生を生きながら、子供の人生を生きる。 …まあ、併走するとでもいうのだろうか。 さらに孫が生まれると、自分の人生を生きながら、「自分の人生を生きながら、子供の人生を生きている」子供の人生を生きる。 …そのような入れ子構造、コンポジットパターン的なものを感じていたことを思い出す。

そんなことを、ふと、いまでも思い出す。

話変わって、IT業界。 この業界はいつも20代・30代が中心に動いている。 その中でいつのまにか私は40代になってしまった (なってしまった、などと書いているけれど、ぜんぜん悲観はしていないのですけれどね)。

私は最近、自分より若い人にどのようなメッセージを伝えるか、 などという(偉そうな)ことも考えるようになった。 といっても、別に自分の時代は終わった的なことはまったく感じておらず、 40代になってから、ますます(30代になったときに感じた以上に)自由な毎日を 楽しんでいるんですが :-P

で。

ときおり、なぜか、あの――赤ちゃんをあやしたときのことを思い出すんです。 人生は単純じゃない。 もっと重層的。もっと多層的。 個人としての時空間だけではなく、 自分の親や、さらにその親の時空間と、 あるいは逆に自分の子供や孫の時空間と複雑に絡みながら進んでいる。

それは――単純でありながら同時に複雑ななにか。 退屈なまでに平凡でありながら、 あるべき姿をとっている特異ななにか。 ありふれて、どこにでもあるような、 けれどもかけがえのない宝石のようななにか。

神さまが私たちに与えてくださっている時間というものは、 そんな不思議な豊かさを兼ね備えていると思うのです。

(ここまで読んできておわかりのように、私は説明しようとはしていません。 私は感じていることをただ、そのまま、ここに書き留めようとしているだけです)

私も、キリストを知る前には悩んだり、この世をはかなんだり、 自分が生きることのむなしさを覚えたりしました。 でも、40代になったいま、20代以前の苦しさを思い返すと―― それは当時の自分へ送りたいメッセージであるとともに、 いま厳しいIT業界を生きている若い人へのメッセージでもあるのですが―― 「いま」や「現在の苦しさ」や「人生」や「毎日」というものは、 時間が経ってみると、また違った意味合いを持つ、といいたいのです。

いま――まさにいま、現実の問題で苦しんでいる人はたくさんいらっしゃると思います。 仕事のことや学業のこと、人間関係のこと、自分の進路のこと、経済的なこと、 もっとばくぜんとした不安などなど……。 まさに人生に悩み尽きずという方もたくさんいらっしゃると思います。

問題の大きさというものは第三者にはなかなかわからないものですから、 私が勝手にどうこう言うわけにはいきません。 でも、ほんの少しだけ人生を長く生きてきた実感として、 「現在のあなたの姿がほんとうのあなたの姿ではないかもしれないよ」 あるいはまた 「いまの苦しみは、もしかするとあなたにとってなにか重要な意味をもつかもしれないよ」 ということも思うのです。

ときには苦しみ、ときには解き、ときにはあやうくやり過ごす。 人生はジグザグで、一筋縄ではいきません。

「私」は「あなた」を知らないけれど、でも、応援しています。あなたのことを。 私は喜んで神さまのためにあなたのことを祈りましょう。 私はあなたのことをよく知らない。 けれど、神さまはあなたのことをよく知っています。 そして、私はそのような神さまに依り頼んで毎日を生きています。

私は、あなたを応援しています。

いま、くすしき巡り合わせによって、同じ時代・同じ国に存在している仲間として。 私はあなたを応援しています。

今日も・明日も、いっしょに歩いていきましょうね!

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2006年7月11日

「結城浩」のambigram この記事(2006年7月11日22:28)を含む「はてなブックマーク」    

igatoxinさんが「結城浩」のambigramを作ってくださいました。 感動!


designed by igatoxin

説明は不要と思いますが、念のため:点対称(回転対称)になっています。 アンビグラムというのは二通りの読み方ができる文字列というほどの意味らしいです。

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2006年7月10日

仕事 この記事(2006年7月10日09:03)を含む「はてなブックマーク」    

月曜日は淡々とCatalystで遊ぶ。楽しいなあ。

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2006年7月9日

さて。 この記事(2006年7月9日23:34)を含む「はてなブックマーク」    

昨晩のような自由な形式による文章を今晩も試みるわけです。 おもしろいもので、またありがたいもので、昨晩のような自動書記の文章に対して、 たくさんの方からメールやフィードバックをいただきました。 何だかありがたいものですね。 考えてみますと、私はつくづく幸せものだと思います。 神さまに感謝、ですね。 私はよく奥さんに言うのですが、私のような人と結婚してくれて、ほんとうにありがとうって。 すると奥さんは、ふふん、と笑うのです。にっこりと、もしくはにやにやと。 ネットも楽しい。結城がWebサイトを始めたのは、確か1995年頃だったとおもうので、 もう10年以上たっていますね。Web日記を書いているときは、 「ネットの向こう」にいる「あなた」にむけて書いているわけですが、 それがとても心地よい。 これは文章を書く人なら、共感してくれると思うのですけれど、 自分が書いた文章を読んでくれる人がいることは、ほんとうに大きな喜びです。 文章を読んでもらえるだけでもうれしいし、 「おもしろかったよ」とか「参考になりました」なんてフィードバックをもらった日には、 もう有頂天になってしまいます。もちろん「こう書いたほうがいいんじゃないかな」という 意見も大歓迎。要するに、肯定的な意見であれ、否定的な意見であれ、 「私が書いた文章をきちんと読んでもらえること」はとても大きな報酬です。 私は本を書く仕事をしていますけれど、その原動力は大きく二つあります。 一つは、私自身が「もっと知りたい」と思っていること。 本を書くというのは、自分が正しく学んでいるかどうかを確認するよい方法です。 もう一つは、私の書く文章を「もっと読みたい」と思う読者がいるということ。 この二つが本を書く大きな原動力となっています。 一つは自分との関係。もう一つは読者との関係、と理解してもよいでしょう。 それは、だから、まさに、天職なのだと思います。 私は自分のことをもっと理解したい。私が誰であるか、どんな存在であるか、もっと理解したい。 それと同時に、私は他者ともっと関わりたい――というのはちょっと違うかな。 私の活動が他の人に役に立つならば、その活動を広げていきたい、というほうが近いかもしれない。 ITの業界は若い人が重要な役割を担います。 あ、話はそれるようですが、それていないかもしれません。 IT業界は若い人が重要な役割を持ちます。 結城は1963年生まれですから、今年で40――何歳かな。まだ四捨五入でも50にはなりませんが。 で。そのくらいの年配の人はそれなりの責任があると思っています。 若い人たちにきちんと「何か」を伝える責任が。 まあ、自分の若い時を考えてみると、当時の40代の人のいうことなんかに耳を傾けてはいなかったのですけれどね。 でも、自分には何かを伝える責任があるとは思っています。 日々行っている仕事にはそれも少し関係します。 というかですね。自分が語ること・書く文章を万人に伝えたいという気持ちはあまりなくて、 波長の合う人にきちんと届くことが大事だと思っています。 結城はよく書きますけれど、本には相性というものがあります。 「みんなが良い良いって勧めるけれど、自分には合わないなあ」とか、 「みんながだめだめって言うけれど、私はこれ最高だと思うな」などということはありますよね。 結城が書く文章や書く本にも相性があると思います。 ですから、万人に届くように、という風には願っていません。 そうではなくて、結城が書いた文章(本)を「必要とする人」に確実に届けてくださいといつも願っています。 本屋さんに入るたびに、コンピュータの棚に行きます。 そして、そこに並んでいる結城の本にそっと手を触れて、 「神さま、神さま。この本を、必要としている方にどうか届けてください」 といつも祈っています。 それにしても、聖書の神さまに祈ることができるのはほんとうに大きな喜びです。 あなたの若いときにあなたの創り主をおぼえよ、とはよく言ったものです。 結城が神さまを信じたのは結婚の少し前でしたけれど、 ああ、ほんとうによかった。結婚してから16年になりますけれど(早いなあ)、 この重ねてきた年月がむなしい時間でなかったことをほんとうに喜んでいます。 「創り主(神さま)をおぼえよ」というのは大事なことですね。 失敗もたくさん(たくさんたくさん)ありましたけれど、 神さまへの信仰はゆるぎません。神さまは正しいお方です。 これまでも「ああっ、これはどうやったら解決できるんだろう」 ということがたくさんありましたが、イエスさまは必ず助けの道や脱出の道を 備えてくださいました。感謝します。神さまがなさることは深く、また高い。 自分にはよくわからないことがたくさんあったけれど、 えいやっと飛び込むようにして信仰の世界に進めたことはほんとうによかった。 感謝です。 そうか。そうだよな。若いときに神さまを知るなら、 神さまと共に歩むこの世での時間が長くなるわけだものなあ。 ……いま7月10日になったばかり。何だか眠くなってしまいました。 もうすぐ寝ます。 いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝しつつ、 この(乱筆で申し訳ない)拙い文章を送信します。 神さま、神さま。 この結城の日記を、どうぞ神さまの御用のために用いてください。 特に若い人の上に、神さまからのよい導きがいつもありますように。 神さまが私たちを愛していてくださることを知ることができますように! イエスさま、ありがとうございます。 そして、みなさん、お休みなさい。

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2006年7月8日

Javaレッスンと暗号本が増刷 この記事(2006年7月8日22:26)を含む「はてなブックマーク」    

編集部から 『改訂第2版Java言語プログラミングレッスン』と 『暗号技術入門』の増刷のお知らせを受けました。 ご購入してくださる読者のみなさん、 いつもありがとうございます。 また、さまざまなフィードバックや応援のメッセージも ありがとうございます。 心から感謝します。

Javaレッスン本の初版を書いていたのは、1998年から1999年のこと。 もういまから7〜8年も前になるんですね。 いまでも覚えているのは、クラスとインスタンスのあたりを書いているときに、 当時小学校にも入っていなかった長男がのぞき込んできたときのこと (これは「本を書く一日」という日記になりました)。

2003年に「改訂版」が出て、 2005年にさらに「改訂第2版」が出ました。 長期にわたってコンスタントに読者さんから支持されていることを感じ、 ほんとうに幸せです。

『暗号技術入門』のほうも思い出深い本です。 公募したレビューアさんに文章を読んでもらい、 たくさんのフィードバックをいただいたのも楽しかったなあ。

結城のはじめての非プログラム本でしたけれど、 読者さんに喜んでいただけたようで、順調に増刷しています。 今回で第8刷になりました。ありがとうございます。

日記ダイジェストを振り返ってみると、 『暗号技術入門』を書くときも、 苦しみつつも楽しんでいる様子がわかりますね。

でもって「お約束」のこれ。

[ギコ猫と暗号技術入門]

これも。

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「励まし」について(週末の自動書記) この記事(2006年7月8日00:42)を含む「はてなブックマーク」    

さて。 週末でもあることですし、久しぶりに修正なし読み返しなしの自動書記をやってみましょう。 何が出てくるか結城にもよくわからないのですけれど。 思いつくまま書いてみましょう。誤字脱字乱文はご容赦願います。 最近よく思うことは「励まし」ということです。 以前にも、人は教えられることよりも愛されることを求めているという文章を書いたことがありますが、 そこに気づくかどうかで、人生の豊かさが変化するように思います。 人は教えたがりです。他の人を支配したがります。 そのくせ、教えたがりな人も、自分のことを認めてもらいたいと思う。 支配されたりコントロールされたりするのではなく、 自分のことをそのまま受け入れてもらいたいと願っている。 つまりは、自分がやってほしいと思うことと正反対のことを、人にしてしまう傾向がある。 実はこのあたりのことは、ゆっくり時間をかけて、自分のこととして考える価値がある。 なぜなら、ここに人間関係の深い秘密が潜んでいるからだ。 自分がやりたいことを人にするのではなく、 自分がやってほしいと思うようなことを人にするのだ。 それがとても大切なこと。 また逆に、自分がやってほしいと思うことを人がしてくれなくても、 それをそっくり丸ごと受け入れてみる。それもまた大切なこと。 自分がしたいことを人にするのは、独りよがりであり、 相手を自分がコントロールできる「もの」として見ていることに他ならない。 そうではなくて、相手が何を考えているか、何を思っているかに心を向ける。 それは非常に大きな一歩。 もちろんそれは可能かもしれないし、不可能かもしれない。 でも、大事なことは、「あの人は、何を考えているのかな」とちょっとでも思うこと。 この視点に立てるかどうかが、子供と大人の違いです。 他の人を道具だと思わず、自分と同じような人間だと思うこと。 自分がゆるしてもらう必要があるのと同じように、 相手もゆるしてあげなくてはならない存在であること。 まあ、そんなことを思ったりしています。 で、本題の「励まし」ですが。 こうすればいいんだよ、とか。なぜこうしないの、といった「教え」も重要ですが。 そういうロジカルな、あるいはインストラクティブな発言だけではなく、 もっとあたたかい一言が大切。 「よくやったね」という一言。 「なるほど」という一言。 「それはすごい」という一言。 「たいしたもんだね」という一言。 あ、それはお世辞を言え、というのではない。 そうではなく、相手の行為や考え方の中に良いものを見つけ出し、 そこにスポットを当てることが大切だ、という意味だ。 全部が全部うまく行かなくてもいい。 100%うまくいったらほめてあげよう、というのではなく(そんな人は100%うまくいってもほめやしない)、 各ステップステップでほめる。良い点を見つけ出して、励ます。 それはお世辞とは違う。心にもないことを言えというのではない。 もっと相手をよく見よ、というのだ。 相手をよく見よう。自分の頭の中にある相手のイメージを見るのではなく、 現実の相手をよく見よう。 そして、(矛盾しているようだけれど)目に見える相手の姿に縛られることなく、 相手の良さを見出そう。 あなたは今回はうまくいかなかったかもしれないけれど、 もっとうまくいくケースがあるんじゃないか(とそう思えたら、そう言ってあげよう)。 今回は難しかったけれども、でも、これは出来たよね(と、一部でもよい点を見出してあげよう)。 さらには。 自分が高いところから、相手を見下して「ほうほう、良くできたのう」と言うのではなく、 相手の良さから、本気で自分も学んじゃおう。そしてそのことを相手にフィードバックしよう。 「あなたの挑戦に負けないように、私もこれにチャレンジしてみようと思いました」 と口に出して言ってあげよう。 ああ、もちろん、あなたの励ましを相手が受け入れてくれるとは限らない。 それどころか逆ギレされるかも。あるいは「何しったかぶってんだよ」と言われるかもしれない。 でも、でも。もしも大切な一言なら、言ってしまおう。 「確かにこんな一言は陳腐に聞こえるかもしれないけれど、 私はあなたのがんばりをすごいと思ったよ」と(ほんとうに思ったなら)言ってあげよう。 それは必ずしも相手のためだけじゃない。 自分にとってもよいことなのだ、と結城は思う。 こちらから微笑むと、相手も微笑んでくれる。 こちらから踏み込んで、一言はげましの言葉を言おう。口に出そう。 自分が恥をかいてもいい。「けっ」とか言われてもいい。 いま、ここで、その一言をあ・え・て、口に出そう。 もしもそれが良い言葉ならば。 でも、考え過ぎちゃだめだ。ひねくれてもだめだ。皮肉っぽく言うのもよくない。 ドミソの和音でかまわない。直球勝負でオッケーだ。励ましの言葉は、まっすぐがいい。シンプルがいい。 「それはすごいよ」の一言でいい。笑顔と拍手だけでもいい。 ドミソの和音が出せるなら――素直な一言を言えるなら――きっと、素敵なことが起こる。 それから、最後に。 そんなに素直になれない人に。 「その一言」が言えない人に。 相手を直接はげますなんて、もうドキドキで言えないという人に。 そういうあなたでも、相手のために「祈る」ことはできる。 ぜひ、祈ってください。 私も祈っています。 何とかして応援したい大切な人がいる、あなたのことを。 私は祈っています。 あなたのことを。 神さまに。

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2006年7月7日

YukiWiki 2.1.3を公開 / JPCERT/CCの製品開発者リストへの登録 この記事(2006年7月7日09:00)を含む「はてなブックマーク」    

YukiWiki 2.1.3を公開しました。

先日、JPCERT/CCから、 Wikiクローン製品に関する脆弱性(JVN#98836916)に関する連絡がありました。 YukiWiki 2.1.3には、それに関連する(と想像される)対策が含まれています。 YukiWikiを利用している方で、気になる方はご参照ください。

簡単にいいますと、Wikiに対して高負荷の処理をさせると、 利用不能状態を引き起こすという話です。 YukiWiki 2.1.3では、最大書き込みサイズを制限できるという機能を入れて対処しました。 デフォルトは約500KBです。 YukiWikiで実際に使われているページの最大が100KBであることから判断し、この値にしました。 もっと小さくても通常は問題ないでしょう。

ところで、上記のページで見ることができるのは概略のみです。 より具体的な内容(届出情報)は、JPCERT/CCの製品開発者リストに登録した人にのみ開示されます。 これは、届出情報はそのまま攻撃にも利用できるからとのことです。 確かにそうだと思います。

結城は製品開発者として登録していませんので、 届出情報の詳細は読まずに、YukiWiki 2.1.3の「対策」を行いました。 その点をご了承ください。

ちなみに、どうして結城がJPCERT/CCに登録しないかというと、 登録のためには緊急時の連絡先として、 電子メール以外に電話番号や住所を登録する必要があるからです。

フリーソフトの脆弱性情報の入手のために、 自分の電話番号や住所を登録するというのは、 バランスが悪いと判断しました。 理由は、昨今の個人情報の流出事故の多さです。 フリーソフトの脆弱性情報の入手のために、 自分の個人情報漏洩のリスクを上げるのは割が合わないと結城は思いました。

考えてみますと、 JPCERT/CCは「結城がYukiWikiの作者である」という判断を Webサイトとメールアドレスだけで判断しています。 ですから、登録して電話番号や住所を保持するということは、 信頼性の向上(結城が結城であるということの認証)には寄与しないと思います。 要するに、メールアドレスだけで私が私であることを判断しているのだから、 メールアドレスだけで製品開発者として届出できてもいいのではないかな、 と結城は思っているのですね。

なお、いうまでもないことですが、以上は結城の個人的な判断であり、 JPCERT/CCや製品開発者として登録している人に対する批判ではありません。

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2006年7月5日

自分で本を出す場合のアドバイス この記事(2006年7月5日12:21)を含む「はてなブックマーク」    

読者さんから、 「本業のかたわら、本を出したくて文章を書いています。 出版する際のアドバイスなどありますか」 という主旨の質問をいただきました。 たとえば(ちょっと内容は古いですけれど)以下のページなどをご覧ください。

それから、以下のインタビューの最後にもちょっと書いています。

日記ダイジェストも。

あと、心がけも。

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2006年7月3日

coLinuxのインストール この記事(2006年7月3日00:22)を含む「はてなブックマーク」    

coLinuxのインストール。 以下は作業メモ。 基本的にはReferenceのところに書いたWebサイトからの情報で十分(感謝します!)。

<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<colinux>
    <block_device index="0" path="\DosDevices\c:\Program Files\coLinux\Debian-3.0r2.ext3-mit-backports.1gb" enabled="true" />
    <block_device index="1" path="\DosDevices\c:\Program Files\coLinux\swap_device" enabled="true" />
    <bootparams>root=/dev/cobd0</bootparams>
    <initrd path="initrd.gz" />
    <image path="vmlinux" />
    <memory size="64" />
    <network index="0" type="tap" name="TAP" />
</colinux>
@echo off
"c:\Program Files\coLinux\colinux-daemon.exe" -c debian.colinux.xml -t nt

次のページもあとで読む。

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2006年7月1日

もう7月ですね この記事(2006年7月1日00:18)を含む「はてなブックマーク」    

多忙のため、日記の間隔が空いてしまいました。 気がつくともう7月ですね…。

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